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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2010年7月8日木曜日

中朝国境での取り締まりが強化されている。北韓知識人連帯

中朝国境近くでは、韓国に行き、韓国籍を取った脱北者の拘束が相次いでいる。
以下は北韓知識人連帯のサイトからの転電です。

中国公安に逮捕された韓国国籍北脱出者インタビュー(1)

6月27日 本紙記者は中国,吉林省,延吉市で韓国国籍を持つ北脱出者金チョルラム(仮名30才)氏とインタビューした。

金氏は先月26日午後5時,吉林省,延吉市から2km離れた、北朝鮮と最も近い豆満江地域で北朝鮮に向かって,写真撮影をしたことにより中国公安に逮捕されて,10時間の調査を受けたことがある。

豆満江に出て行って,写真撮影した目的は何ですか?

金チョルラム:私が写真を撮ったところは以前北朝鮮を出入りした地域であり,北朝鮮の人らが北脱出をよくする場所でもある。
だがそれ(彼)より先に私が写真を撮った目的は故郷の思いによったのだ。

これはある北脱出者らでも同じだと考える。

誰が自身の故郷を前に置いて写真を撮らないだろうか?

写真を撮影しながら感じた北朝鮮の状況はどうか?

金チョルラム:北朝鮮はどんな時と同じように多くの人々が川に出てきて水泳をして,子供たちも走りまわっていた。

<北朝鮮の豆満江地域には水遊びをしたり洗濯ができる所が指定されており,村住民ならば誰でもこちらに出てこれる。 しかし国境守備隊の経費(警備)が違う地域に比べて,何倍で強化される。>

写真撮影をしてどのように中国公安に逮捕されたのか?

金チョルラム:写真撮影を終えて豆満江地域を抜け出してケサントゥンで入る瞬間六人程度の人々が道を遮った。
そして助手席にある私を強制的に車の外に引き出した。

彼らは私を率いて奥まっていたところに入って,私が持っていたカバンとポケットをくまなく探した。

その時まで背が170cm程度なるとみられる中国辺境隊警察が小型動画撮影機を持って私のポケットとカバンのすべての持ち物を撮影していた。

すべての持ち物調査を終えた彼らは私が持った韓国旅券を見て,韓国語で話すよう強要した。

彼らの強要にやむを得ず飛び出してきた韓国語は北朝鮮なまりであったし,彼らは私に北朝鮮を脱出して,韓国国籍を取得した北脱出者とし,私を率いてケサントゥン派出所へ向かった。

その時間が午後5時ケサントゥン派出所での調査が進行されたし,彼らは私の職業と過去背景,そして写真撮影の目的に対して問い質した。

だが答弁を拒否する私に朝鮮族警察が“君が答弁を拒否したり正しくなされた答弁をしないならば私たちは私たちの職権で調書を作成できる。
でなければ北朝鮮に電話をして尋ねるほかはない”と脅迫した。

警察の脅迫にも私は最後まで北脱出者ではないと主張しながら,すべての調査を偽りで答えた。

警察の質問は次のようだ。

故郷がどこなのか?なぜ北朝鮮なまりを使うのか?それでは韓国どこなのか?どの小学校を卒業したのか?小学校は数年なのか?どの高等中学校を卒業したのか?それでは中学校は数年であり,高等学校は数年なのか?ご両親は何をされるのか?兄弟は何人なのか?姉と兄の名前は何か?両親の名前は何か?姉と兄の電話番号は何か?暗記して,電話番号を知らないか?韓国で職業が何か?

金チョルラム氏の答弁は次のようだ。

韓国だ。

北朝鮮なまりを使う理由は私が中国にしばしば出入りしながら,中国の人々から習ったことであり,韓国語と延辺なまりがチャンポンなったのだ。

ソウルだ。
ソウル市,道峰区,道峰小学校を卒業した。
6年だ。
道峰中学校を卒業した。
3年だ。
ご両親は年齢が高くて,家で休んでいる。
私を含んで,3人だ.

姉の名前は金ソンオク,兄の名前はキム・チョルスだ。
お父さん名前は金ナムス,お母さんは崔オクチァだ。
電話番号知らない。
この頃はすべての電話番号を名前で保存するので(に)いくら兄弟と両親枝幹でも電話番号を覚えない。
無職だ。

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