お知らせ

五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください。コメントは実名以外受け付けません。

2010年9月19日日曜日

国防委員長席をめぐり父と息子が権力闘争?

開かれた北朝鮮放送の報道。代表者会が開けないのは親子が喧嘩しているからだという。ありそうな話しだが。いったん訳してみた。これが事実だとすると代表者会では、国防委員長の人事まで行うということか?


-金正日総書記は永遠の国防委員長希望
-キム・ジョンウンは先軍政治正しく継承しようとするなら国防委員長席も譲ってこそ
-腹が立った父、平壌行かなくて慈江道でデモ
複数の消息筋によれば北朝鮮党代表者会が延期になって,いろいろ荒々しいうわさらが住民たちの間に回っている。
その中に最も圧巻はお父さんと息子間に争いがあるということだ。
その内容を紹介する。
このうわさの核心は国防委員長席まで自身に譲らなければならないという息子の立場と、そこに金正日総書記が極力反対するということだ。
すなわち金正日総書記は、自身のお父さん金日成が死んでも永遠の主席であるように自身は永遠の国防委員長で残っているように願うという。
それでキム・ジョンウンには国防委第1部委員長までで我慢しろと話をしたということだ。
これに反しキム・ジョンウンは、軍隊優先政治を正しく継承しようとするなら違う地位は分からないが私が国防委員長席を受けなければならない。
お父さんは“永遠の国防委員長”よりは“永遠の首領”として残ってはどうだと主張しているということだ。
これに金正日総書記は自分の話を聞いた息子が、初めて自身に反応して,堂々と出て,党代表者会開催も無視して慈江道に留まりながら,一種のデモをしているということだ。
その上金正日総書記は病気が再発して,気力がきわめて衰退したということだ。
このように事態が取りまとめられなくなったので張成沢だけでなく金ギョンヒも金正日総書記を説得するために慈江道に共に留まっているということが概略的な内容だ。
こういう内容が高位級ラインを通して確認されたことではなくて,その真偽有無を正確に分かる訳には行かないが内容がもっともらしいので100%真実ではないとしてもある程度は真実を含んでいるということが本紙の考えだ。
このエピソードは過去朝鮮時代咸興差使と類似した点があって興味深い。
咸興差使は朝鮮態度李成桂と彼の息子胎動吏房院の間の葛藤で由来したのだ。
朝鮮太祖李成桂が二度にかけた王子のナンに鬱憤して,王位を清酒に譲って咸興(ハムフン)に行ってしまった。
これに太宗がそのお父さんの怒りを解こうと咸興(ハムフン)で何度も使節を送ったが李成桂はその使節らを殺したり捉えて閉じて送らなかったとのことだ。
今回の平壌党代表者会延期は自強差使ではないのか,張成沢と金ギョンヒはキム・ジョンウンの使節で慈江道(チャガンド)にあるのではないのか帰趨が注目される。

0 件のコメント:

コメントを投稿