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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください。コメントは実名以外受け付けません。

2010年10月19日火曜日

独占インタビュー 金正日の料理人 私が会った金正恩 月刊朝鮮

残念ながらこの記事は途中までしか読めないが、目次を見る限りでは新しいことはないようだ。
パルコルムが9歳の時から歌われていたことはすでに、藤本氏が本の中で紹介している。
ちなみにこの記事は朝鮮日報にも転載された。ニュースの見出しは、女性に関心というものだった。
女性の胸に関心を示したところを見出しにつかった。


“金正日,金正恩9才誕生日祭りの時後継者で落下点”
2009年初めて知らされた金正恩称賛歌<足取り>は9才誕生日祭りの時作った歌.

◎金正日,‘バカラ’最高数字‘9’代表者会も数字が‘9’である9月28日開いた
◎ ‘金正恩の生母が金玉’説は事実無根
◎金正日,金正恩を名前の代わりに‘小さい兄さん’と呼んだ
◎金正恩,喜び組公演を見て”女の胸大きい”と藤本に話した
◎金正恩,“私たちは中国を模範にして生きていかねば”と吐露

藤本健二

1947年日本,秋田県で生まれて,東京銀座の最高級すし店‘寿司清’で日本料理を習った。
1982年8月初めて北朝鮮に入って‘安山館’の料理人で仕事をしたし,1988年金正日の専属料理人で選ばれて,13年を仕事をした。

1998年6月スパイ疑惑で1年6ヶ月間自宅軟禁にあうなど困難を経験して2001年4月日本から脱出,日本で2003年<金正日の料理人>という本を発刊した後安全問題のために防弾チョッキを着て隠れて住んでいる。

引き続き彼は<金正日の私生活> <核と女を愛した金正日>等を著述したし,最近金正恩3台世襲確定以後<北の後継者,金正恩>という本を出した。

北朝鮮に人気歌手出身の夫人オム・チョンニョと1男1女がある。

藤本ケンジ氏は金正恩後継者指名を正確に予測した。

各種日程でぎっしりといっぱい詰まっている手帳を見せる藤本氏.

去る10月8日,東京市内中心部六本木のあるホテルで会った藤本健二氏(63)は携帯電話ベルがずっと鳴り,記者を見てぎこちないように笑った。

濃厚な色サングラスにあごひげを長く育てた彼は“9月9日からスケジュールが一杯になっている”としながら韓国語で“忙しい”を連発して叫んだ。

去る9月28日北朝鮮は労働党代表者会で金正恩(27)を金日成-金正日に続く北朝鮮の3台世襲後継者に確定した。

藤本氏は2003年出版した<金正日の料理人>で北朝鮮の後継者でかつて金正日の三男の中で3男金正恩を選んだし,彼の予想は的中した。

1988年から2001年まで金正日料理人で13年間仕事をした彼は別名‘王子らの遊び相手’として金正恩と生活しながら,彼の考えまで読みだすほど彼をよく知っている人物だ。
記者がソウルで準備して行った‘乾いたノリ’を渡して,彼は“平壌の8番宴会場で金正日が最も好きな‘ウニすし’を作る時‘朝鮮産ノリを材料で使い,おいしかった思い出す”とした。

彼は自身の新刊<北の後継者金正恩>を贈り物に渡しながら,‘Pak Chol’と北朝鮮で使った名前でサインした。

‘Pak Chol’’は次男金正哲がスイスで留学する時の名前と同じことで、‘朴’はスイス外交官の姓で取ってきたことで,‘鉄’は金正哲の名前で取ってきたのだ。

参考で金正恩はスイス,ベルンの公立中学校時期,‘朴ウンPak Un)という仮名を使った。

く“キム・ジョンウン隊長(彼は‘金正恩’をこのように呼んだー筆者注)は去る9月28日党代表者会で後継者になったのではない”といって,記者を戸惑わせた。

彼は“金正日は正恩王子の9才誕生日の時の1992年1月8日誕生日祭りのために<足取り>という歌を製作した”とした。
9才誕生日発表した<足取り>

藤本氏は<足取り>を発表した日状況をこのように描写した。

1992年1月8日朝,元山招待所は金正恩誕生日パーティー準備で忙しかった。

秘書室を担当していた李明済副部長はパーティー準備を陣頭指揮した。

藤本氏はパーティーで金正恩に花束を贈呈する三人の少女,労働党幹部35人と共に二三,四回大きい声でお祝いの挨拶語を繰り返して,練習した。

“小さい大将同志,9歳の誕生日心よりおめでとうございます。

ご健康でー.

おめでとうございますー。”

午前11時30分,金正日がパーティ会場に入ったし,まもなく金正恩,金正哲,金ヨジョン三兄弟姉妹,そして金正日の夫人高英姫が金玉と共に入ってきた。

両側に並んでいた幹部らの拍手の音がとどまるところを知らなかった。

いつもそうしたように金正日が両手で‘やめなさい’という信号をし終えて拍手の音が終わった。

藤本氏は“9才になった金正恩は黒い洋服に蝶ネクタイ姿だった”としながら“ジョンウン隊長は口元に恥ずかそうな微笑を浮かべた”とした。

花束を贈呈して祝賀挨拶を終えて,金正恩は“ありがとうございます”と幹部一同に答礼挨拶をした。
ロイヤルファミリーと幹部らは舞台が設置された宴会場に移動した。
大きな長方形テーブルそばの秘書室職員らが使う円卓テーブル.
その上には参席者らの名札が置かれていた。

藤本氏は“いつものように席に座ろうとしたが,テーブルの上を見るのでメニューと共に歌詞が書かれた印刷物が置かれていた”としながら“歌のタイトルは<足取り>だった”とした。

“金容淳労働党秘書は参席者らが皆着席したのを確認してお祝いの挨拶話をしました。

全員杯を持ってジョンウン隊長と一人ずつ‘乾杯’をしました。

さほど経過せず一番後日順序であった自分にも順序がきました。

私は‘小さい大将(隊長)同志,誕生日を心よりおめでとうございます’といいました。
その瞬間,ジョンウン隊長の目つきが輝きました。”

舞台の幕が上がって普天堡電子楽団の歌と演奏が始まった。
<足取り>演奏であった。

藤本氏は“一回だけ聞いてもまねられる軽快なリズムだった”とした。
パーティー宴会場にはすぐ<足取り>大合唱が鳴り響いた。

<足取り>は金正日が金正恩にあたえる誕生日贈り物だった。

金正日は楽団に三,四回ずっと合唱するようにした後,作詞者・作曲者を励ました。

金正日は“小さい大将(隊長)のために良い歌を作ってやって,ありがとう”としたし,金正恩も“ありがとう”と挨拶した。
‘小さい大将(隊長)’という歌詞を‘大きい大将(隊長)’に変えて

北朝鮮は金日成,金正日,金正恩3台後継体制構築を始めた。

藤本氏は“<足取り>という歌詞を読んでみればかくされた意味があるということを即座に知るようになる”としながら“正哲隊長とヨジョン王女につけた歌詞は思い出せないけれど,<足取り>は記憶しやすかったし,メロディも・・・

1 件のコメント:

  1. 8/24付けニューヨークタイムスにも、藤本さんの事が出ています。食料が前より豊富であること、行き付けの麺屋さんに随分客が入っていたこと、中国人が増えたこと、などの記載があります。藤本さんは「本当の変わった」とコメントしています。

    http://www.nytimes.com/2012/08/25/world/asia/kim-family-chefs-redemption-suggests-a-softening-north-korea.html

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