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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2011年3月3日木曜日

北朝鮮で体験した金日成-金正日父子の誕生日 月刊朝鮮2月号

あまりに長くて、訳しきれないので機械翻訳をとりあえず掲載します。
少しずつ表現を手直しいたします。金日成の誕生日は盛大だったが、今は地方に責任が押しつけられ、質も多様になっているようだ。


金日成誕生日贈り物は政治犯収容所にまで行く
文:姜哲煥朝鮮日報東北アジア研究所研究委員
◎金日成誕生日には酒一本、タマゴ五個、白米2日分、肉1~2kg、タバコ
◎経済難以後誕生日贈り物供給責任地方に越して、市場活性化しながら、贈り物統治に穴
◎幹部贈り物は4部類で分け、支給、1部類は100%外題、3~4部類は100%北朝鮮産

金正日の68回誕生日の昨年2月16日平壌市民らが慶祝舞踏会を繰り広げている。

1970年代以後北朝鮮で生まれた人々ならば人民学校(小学校)時代から金日成誕生日(4月15日)と金正日誕生日(2月16日)に贈り物を受けて抱いて喜んだ思い出を持っている。

筆者も1975年幼稚園を卒業して初めて入学した平壌市大同門人民学校(現在は金ソンジュ小学校・2000年初めに人民学校を小学校で名称変更すること)で金日成誕生日の4月15日にアメ・菓子つつみと制服、少年団ネクタイなどを贈り物に受けて喜んだ記憶が今でも生々しい。

先生は名節(韓国固有の盆・正月)前に受けたアメ・菓子を一切手を付けずにご両親に見せてさしあげて首領様(金日成)誕生日に食べなければと丹念に申しつけておくが、そのままする子供は多くなかった。

一つ二つ贈り物の菓子束を持ち上げた両親らも子供たちが喜ぶ姿に共に心が微笑ましくなるほかはなかった。
北朝鮮での幼い時期思い出の中で最も記憶に残る日は金日成・金正日誕生日だけだった。

北朝鮮で自分の両親誕生日は分からないが金日成父子の誕生日を知らない人はない。
北朝鮮では金日成・金正日誕生日が近寄ってくる一月前から名節の雰囲気に浮き立ったりする。
裁断師らが学校ごとに訪ねてきて、学生の服を作るために体格と履き物サイズを調べ始めれば贈り物に対する期待が一度に膨らんで上がった。

贈り物種類とデザインなどにも関心が集中した。
白米2日分、肉1~2㎏

金日成誕生日にあたえるアメ・菓子は一般商店で売ることよりはるかに高級品だった。
綿が混ざった繊維やビナロン(石灰石と無煙炭を原料にしたポルリビニラルコオルゲ合成繊維)等の製品で服をつくって着た北朝鮮住民たちにナイロンとテトロン(tetron)天恩幹部らしか受けられない大事なものなどだった。

テトロン布で作った制服一着に帽子、ナイロン ネクタイ、履き物と学用品などをプレゼントされれば平凡な家子供たちはその制服一着で1年を過ごせる。
小学校から中学校3学年まで売高通うネクタイは本来綿で作られており、台なしにすることが多くて洗練されることができなかった。

そのような折りねじけたところがなく明るくて洗練されたナイロン ネクタイが金日成の誕生日贈り物に出てくるようになったのだ。
金日成の誕生日がなかったとすれば子供たちに服も正しく着せられない父兄らは金日成に涙が出るように有り難みを感じるほかはない。

それで金日成・金正日の誕生日が近寄ってくるほど子供たちの心は限りなくときめくようになる。
北朝鮮は金日成親子の誕生日が近寄ってくれば“首領様が‘子供たちにあたえる贈り物は最高で作ってやりなさい’と指示された”と大々的に宣伝した。

金正日が金日成誕生日に分けてあげる贈り物を相応の時に供給するために贈り物工場を訪ねて行って、生産過程を注意深く調べる内容を入れた記録映画を見たこともある。
金日成親子の誕生日には子供と学生たちだけでなく全体人民にも‘名節供給’が行われる。
それでは私たちの旧盆や正月のような雰囲気が毎年繰り広げられる。

家ごとに酒1本、タマゴ五個、白米2日分、肉1~2kg、タバコなどが供給される。
普段に食べにくい食料品らが家庭ごとに供給されるから子供からおとなに至るまで金日成親子の誕生日には言葉どうり祭りの雰囲気となる。

収容所で合った金日成親子誕生日

1977年8月記者の家族はおじいさんの反逆罪で咸鏡南道曜徳郡に位置した管理所(政治犯収容所)に連行された。

当時燿徳収容所は‘完全統制区域’として分離されていた。
‘完全統制区域’は完全な除去対象らが収容される所だった。


‘完全統制区域’に受容されている政治犯はいわゆる金日成親子が決定した政治的生命がない獣に過ぎない人々だから金日成親子の誕生日にも土産をくれなかった。

彼らには革命歴史教育もさせなかった。
反面 収容されている政治犯は‘政治的生命’は生きている者なので金日成親子の誕生日に贈り物が供給された。

“当然死んで当然な罪人らの家族だが、党と主席の恩恵はこのように深い”として贈り物を与えるのだ。
平壌ではたびたび味わえるアメ・菓子だったが、同じ贈り物を受けても政治犯収容所で受ける贈り物は格別にならざるをえなかった。

とうもろこし、ネズミ肉をはがした子供たちが1年に一度金日成・金正日が渡すアメ・菓子を受ければ涙を流すほかはない。

それはしてみない人はとうてい分からない経験だ。
お母さん配属で生まれて数ヶ月もならなくて、収容所に連れられてきた子供たちは甘みを知らなくて、生まれて初めて食べるアメを吐いてしまうこともした。
つぎはぎのような服を着た子供たちが贈り物に受けた高級テトロン制服と履き物は収容所内の唯一の儀礼服だった。

くつしたと履き物は一週間に一回ずつ進行される革命歴史教育時間のために惜しんでおく。
強制労役に疲れた子供たちがうっかり忘れて行事用贈り物のナイロン靴下を履いてこなければ教員から無茶苦茶にむちで打たれた。

自身と家族を収容所に送った敵のような金親子だが、贈り物を受けて喜ぶ子供たちを見れば、両親の心も少しの間だけでもやわらぐほかはない。

このように永らく自分たちの誕生日に贈り物風呂敷を解きながら、北朝鮮で金氏親子の誕生日は大名節(韓国固有の盆・正月)で席を占めるようになった。

経済難で誕生日贈り物供給責任地方で越して

2009年金正日の67回誕生日を記念する朝鮮少年団全国連合団体大会に参加した北朝鮮学生たち.
1994年7月金日成が死亡して経済難が深刻化して、ジョンレ誕生日にただで支給した制服と学用品を国定価格(国家が定めた価格)で販売することで制度が変わった。

アメ・菓子だけはタダで供給して、中央供給が不可能になると各地方で自主的に土産をくれるようにした。

すると全国的に同一だった誕生日贈り物の品質が地域の事情により千差万別で変わった。

地方で供給される誕生日贈り物は品質がとても落ちて、逆効果を持ってきた。
住民たちの不満が高まって、党では“いくら経済事情が難しくても誕生日贈り物は最高でしなさい”という指示を与えた。

これを履行できない地域責任者はその場を維持できなかった。

最近入国する北脱出者らによれば、金日成が死んだ後には自然に金日成の誕生日よりは金正日の誕生日にさらに重点を置くようになったという。

金日成誕生日には贈り物さえ正しく供給されないという。

金日成死後‘遺訓統治’を通じて、金日成の後光を一度に利用した金正日は2000年初めから本格的な自分色を表わし始めた。
金正日は金日成時代よりより大きい贈り物に人民らと幹部らの歓心を買おうとしたが、経済難はこれ以上金正日が‘度量が大きい贈り物’で気前よく物を施すことができなくさせている。

金正日の‘贈り物政治’が根元から揺れているのだ。

金正日の統治方式は‘贈り物政治’と‘側近政治’ ‘恐怖政治’で分類することができる。
その中で‘贈り物政治’は北朝鮮体制を維持する必須要件だ。

北朝鮮では金氏親子の他に他の幹部らが下の人に‘贈り物’を与えられないように規定されている。
ただ人民に与えられる者は受領(首領)で固定しておいたのだ。
一部幹部らが自分の名前で下の人に土産をくれて発覚すれば直ちに反金者に追い詰められて、収容所に収監される。

金正日は自身の誕生日がくれば側近と幹部らに土産をくれる。
もちろん受ける人により贈り物の内容に違いが生じる。
内部団結のためにこのような差を公式化しなかったが、贈り物を受ける側らも自身の地位により誕生日贈り物の内容が違うということを皆知っている。

最側近には肉下賜

2009年金日成の誕生日を迎えて、万寿台金日成銅像を参拝する北朝鮮住民たち.
だが金正日に押されて、金日成誕生日の慶祝の雰囲気は以前にはおよばない。
ある高位北脱出者は“北朝鮮で幹部贈り物は4種に分類される”と話した。

第1部類は金正日の最側近だ。
金正日の書記室を含んで、労働党政治局常務委員・チョン委員・候補委員、党中央委秘書、国防委員、党軍事委員、内閣総理と副総理級、各機関の最高責任者らがここに属する。

彼らには100%食品、衣類、その他贈り物に3ケ以上の紙箱が各家に配達される。
外国産コニャックとタバコ、高級洋服千と同じ尊いことらが入っている。
特に‘老涙肉’は金正日の最側近に分類される者らだけ食べられる。
金正日が特別に取りまとめる者らには各地方で金正日の健康を祈りながら送る自然人参や熊胆嚢など珍らしい薬材らを下賜したりもする。

そのうちでも脳血管疾患に卓越した効能がある思郷はかなりの幹部らが非嘗薬で持っているほどだ。
‘光明星’発射と共に特別な功労をたてた科学者らにも金正日は老涙肉を供給するのにこれは牛肉、豚肉がありふれていない北朝鮮で最高の贈り物に見なされるという。

昔から北朝鮮の最高位級幹部らの間で血と肉は長寿食品と知らされてきた。
2部類は人民軍軍団長と政治委員、党中央委課長級、道党責任秘書などだ。
彼らにあたえる贈り物は外題半分に国産半分だ。
贈り物の量も1部類よりは減る。

3部類は師団長、旅団長級軍幹部らと地方保衛部幹部ら、抗日闘士家族ら、内閣幹部らだ。
彼らにあたえる贈り物は100%国産製品だ。
4部類は連合企業支配人および党秘書、共和国英雄、労働英雄、1級科学者ら、連隊長級軍人ら、朝総連幹部、非転向長期囚などだ。

お土産用食料品は平壌ヨンソン食料品加工工場で生産される北朝鮮‘最高’の生産品で満たされる。
金正日の贈り物対象に属することだけでも体制を維持する核心部類に分類される。
名節ごとに金正日の名前でハムが供給される家は周辺の羨望を受けるほかはない。
1部類に属する最高位層はいわゆる一日供給対象に分類される。

彼らには毎日牛乳・肉・タマゴ・果物などが供給される。
2部類からは週日供給(一週間に一回ずつ供給)対象なのに経済難で最近月供給対象に変わって、幹部らの不満が多いという。
経済難が加速化されながら、3部類以下幹部らには贈り物供給が中断されたり正しくなされないでいる。
これによって金正日の贈り物政治に深刻な亀裂が発生している。

莫大なお金、贈り物に尽くす事


39号室は北朝鮮の各種資源を輸出して、金正日の贈り物統治に必要な資金を調達する。
労働党最高位幹部らは誕生日贈り物他にも金正日から高級邸宅にメルセデス ベンツのような高級乗用車、スイス製オメガ金時計などを別途に受ける。
高級腕時計は高位層はもちろん、一般住民の中で突出した功労をたてた者らにも贈り物に下される。
時計贈り物は一生家宝で大事に保管しなければならない。
金正日は自身が行く所ごとに恩着せがましくするために贈り物をばらまきまくる。
2000年初め金正日と共に人民軍女性部隊を視察した金正日の妻コ・ヨンヒはヨソンブデウォンドゥレに手クリーム(ハンドクリーム)とスカーフなどをプレゼントして、歓呼を受けた。

こういう贈り物費用は概して労働党39号室で用意している。

北朝鮮の最も重要な企業らと海外貿易権を独占した北朝鮮の外貨稼ぎ企業らを皆率いている39号室は金正日の個人金庫だ。

39号室チァンウン党中央委副部長級名刺を使うほど力が強大だ。

39号室は全国の金鉱と貴重金属鉱山を保有していて、同・西海のすべての海産物の独占輸出権を持っている。

全国の松茸と高級木材、薬剤なども皆39号室の役割だ。
こういう物品らを輸出して莫大な外貨を儲けてきた39号室は核実験と日本人拉致された問題で日本が対北朝鮮制裁に参加しながら、大きい打撃を受けるようになる。
彼らが主に取り扱う海産物の日本搬入が全面禁止されながら、外貨収入が急減した。
39号室所属企業らに対する制裁で金正日の金庫は日が進むにつれ空いていきつつある。
北朝鮮は39号室資金を作るために人民の膏血を絞り出している。
北朝鮮住民ならば誰でも一回ぐらいは砂金を明かすために労役に動員されなければならない。
高級木材、薬剤、山菜などは外貨稼ぎのために国家に献納しなければならない。
このように作られた資金で金正日は人民らと幹部らに自身の恩恵を誇示する贈り物を送るのだ。
崩れる贈り物政治

経済難が深刻化して飢えて死ぬのが茶飯事になった北朝鮮社会ではもう小さな恩恵も金正日の配慮に化ける。
電力難が深刻な北朝鮮で金氏親子の誕生日だけは電気を十分に供給を受ける。

人民らはこれを‘配慮電気’と呼ぶ。
ここには金正日に対するヤジの意味が隠れている。
‘苦難の行軍’時期を体験しながら‘贈り物’に対する北朝鮮住民たちの認識も変わっている。
特に市場が活性化しながら、お金だけあれば中国産菓子やアメはもちろん、その耳だという肉と思郷までも求める。
一年中食べられないで金正日誕生日だけなればよく食べられた慣行が市場の拡大に完全に変わっているのだ。

市場を通して金を儲けた人々は毎日のように金正日誕生日のように過ごすことができるためだ。
金正日の贈り物統治にも穴ができている。
過去には権力が贈り物と連結したが、今はわいろに連結している。
金正日が下ろす贈り物の質が行くほど落ちて、贈り物や供給だけ持っては生活できなくなった幹部らは権力を持っている時、一銭でもさらにわいろを取りまとめるほうが良いという考えを持つようになる。
幹部らの不正畜財家激しくなりながら、数十万ドルを保有した幹部らが増えた。
ドルだけあれば願うものを買えるようになった彼らに金正日の贈り物が以前のように魅力がないのは当然のことだ。
昨年9月28日党代表自晦を通して、金正日の後継者で公式化された金正恩の誕生日は1月8日と知られている。
金正恩の誕生日を控えて彼の誕生日を国家公休日で指定して、贈り物下賜、祝い行事などがあるという観測があった。
だが金正恩の誕生日は静かに通り過ぎた。

過去金正日の場合も1974年本格登場数年が過ぎて、初めて誕生日を国家名節に指定した。
贈り物を下賜し始めたことは金正日権力が完全に強固化された後からだった。
金日成が生きている時、金正日は自身の側近らにだけ土産をくれるのに終わった。
お父さん金日成に優遇をつくす姿を見せるためであった。
したがって金正日が生きている限り金正恩の誕生日を国家的に記念したり、その日住民たちに贈り物を下賜する可能性はあまりないと見なければならないだろう。

終わり

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