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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2011年3月21日月曜日

日・北接触意志明らかにした前原外相は何者か 月刊朝鮮

月刊朝鮮の記事。
もう前原氏は外相を辞任したが、韓国では彼と京都の業者とのコネクション、また北朝鮮の統一戦線部との関係に関心を持っているらしい。
やや長いがおおざっぱな訳で、我慢してください。

現地分析
二度北訪問、日本企業の北朝鮮進出助ける

文:洪ヒョン統一日報論説顧問・前駐日公使

◎前原、菅直人総理辞任時崔有力総理候補中一つ
◎右派指向だが、現実主義外交路線信奉
◎安倍・福田総理時期“拉致された問題に過度にこだわれば6者会談で発言権失う”と主張
陸軍士官学校卒業(26期).
◎駐日韓国大使館参事官・公使歴任.
早稲田大現代韓国研究所客員研究員.


日本の政局が非常に不安だ。
スタート1年度ならない菅直人内閣は直ちに今年3・4月を越しにくいほどだ。

すでに‘ポスト-菅’動きが始まった。
日本では去る2009年、54年間長期執権してきた自民党(自由民主党)政権が崩れて民主党が歴史的政権交替を成し遂げた。
だが日本国民は内政でも外交で変化や発展を感じられずにいる。
派手にスタートした民主党政権は、政府予算案編成にやっと成功(?)といえばそれを自ら大挙に感じるほどその限界を間違いなく表わしている。

“自民党と官僚が放漫に書き続けた税金浪費だけ減らしても福祉を増やせる”という主張で執権した民主党は、執権1年半ぶりに“福祉のために税金を上げなければならない”として野党に協力を求めている。
しかし直ちに4月から始まる2011会計年度予算案と関連法案の通過から大言壮語しにくい状態だ。
衆議院(衆議院・下院)では民主党が圧倒的多数を占めているが、参議院(参議院・上院)は与党小野大であるためだ。
こういう状況を克服するために民主党政権は野党との聯立に必死だ。

だがリーダーシップと政策路線が支離滅裂になって、多数有権者に敬遠されている与党の連立提案に関心を見せる野党はない。

自民党は民主党政権の失政で反射利益を得ているが、日本社会はまだ自民党の政権奪還を許す雰囲気ではない。
有権者らは既成政界を拒否する動きを見せている。

このような動きは地方を中心に全国的に現れている。
昨年7月地方選挙の時有権者らが既成政党を中心に投票したこととは明確に、違う姿だ。

‘地方の反乱’さる2月6日実施された名古屋市長選挙と愛知県(愛知県)知事選挙で‘減税日本’等地方政党が与党(民主党)と第一野党(自民党)候補を押しのけたことによって表面化した。
4月全国地方選挙では民主党の惨敗が予想されている。

今まで主に‘風’に頼って選挙をしてきた民主党内では“菅直人総理では選挙を行えない”という悲鳴が大きくなっている。
金権政治人という理由で党内主流派によって、排除されている小沢一郎(小沢一郎)前党代表は衆議院早期解散を扇動している。

 民主党政権は特に外交・安保政策で国民の不信と軽蔑を買った。

 執権するやいなやインド洋に出て行っていた対テロ戦争支援給油部隊を撤収させた民主党政権は、駐日米軍基地問題などで反米-親中(反米-親中)指向を露骨に表わした。
民主党政権は昨年一年の間天安艦爆沈および延坪島砲撃事態、昨年9月尖角事態などを体験してしまってから多少ながら変わった姿を見せ始めた。

松下政経塾出身の‘日本版486’

このように国政全般、特に外交安保分野でさ迷ってきた民主党政権の前原誠司外務大臣が北朝鮮との接触意欲を表明して出た。

彼は昨年12月28日記者会見で、“北核と拉致、ミサイル問題は6者協議にだけ依存するのでなく、日本・北朝鮮(日北)間に協議するのが重要だ”と話した。
彼は今年1月4日年頭記者会見でも、今年の大きいテーマで日本・北朝鮮間対話を取り上げ論じた。
前原外務大臣の発言に対して、北朝鮮の朝鮮中央通信は1月10日論評を通して“我が国を友好的に対する国家らとはいつでも向かい合って座って、対話する用意がある”として歓迎した。

 前原代行は次の日(1月11日)記者会見で、“日本・北朝鮮間平壌宣言を相互確認しながら、直接対話を確かに推進する”、“6者協議開催にこだわらないで日北対話が形成されなければならない”と具体的にうなずく返事をした。

 前原代行の突出言動はゲイツ米国防長官との会談(1月13日)およびソウル訪問(1月15日)後ひとまず落ち着いた。

 日本政界と言論では前原代行の突出言動を‘3月危機説’に苦しめられている菅直人総理の後継を狙った政治的ショーロ見る見解が多数であるようだ。

 だが前原代行の発言を単純な政治ショーで片付けてはいけない。

 前原代行は菅直人総理が退く場合次期総理で最も有力な人物の中の一つであるためだ。
議員内閣制の日本で総理になろうとするなら多数党の党首級要人であるべきで、現在民主党議員の中で党首を過ごした人は前原代行と岡田克也(岡田克也)幹事長二人だけだ。

万一前原代行が次期日本総理になって、彼の主張が日本の外交政策で実践に移されたら、日本(左派政権)がまた再び大韓民国の対北朝鮮政策、進んで韓半島の未来をかく乱することもできる。

突出言動をした前原セイジは今年49才の‘日本版486世代’だ。

京都大学法学部を卒業した彼は恩師の高坂正尭の勧誘で松下政経塾(松下政経塾)に入った。
1987~1991年松下政経塾で修学した彼は政経塾8期生だ。
前原代行は29才の時京都府議会議員に当選したし、2年後総選挙で衆議員に当選して、中央政界に入った。
1998年には民主党創党に参加した。
43才の時の2005年9月現総理の菅直人を二票差で押して民主党代表になって‘日本のブレア’で注目された。

しかし自民党政権を追及するために国会で暴露した資料がにせ物だと明らかになって、6ヶ月ぶりに2006年3月党代表職を出した。

彼の後任党代表が小沢一郎だ。

前原外務大臣は、安保面では日米同盟強化と中国警戒論を強調して、鷹派と知られている。
民主党内で最も右派に分類される。

そのような彼が何故昨年12月7日韓米日外相が延坪島事態以後の対北朝鮮協調体制を念を押した後に突然に対北朝鮮独自接触意欲を明らかにしたことだ。

今年に入って、彼が対北朝鮮接触の必要性を強調したのも1月6日米.日外相会談直後であった。
前原代行はいったいどんな考えでそのような話をしたことだろうか?

有名絹織物会社の対北朝鮮投資斡旋

前原日本外務大臣は去る1月15日訪韓年金ソンファン外交通商部長官と韓日外交長官会談を持った。
前原代行は大学時代から‘現実主義’国際政治学に心酔、日本・北朝鮮問題で‘実用的’立場を見せてきた。
野党時代には個人的に近い安部晋三(安倍晋三)総理に向かって、“拉致問題も重要だが、(拉致に)過度にこだわれば6者協議で日本が発言権を失うようになるのではないか?(対北朝鮮政策を)変えることならば、速いほうが良い”としながら、拉致問題の出口戦略を促した。

安倍の後任の福田康夫総理時期にも彼は国会質問を通して“拉致問題が進展しなければ(対北朝鮮)支援をしないということは、外交的裁量を(自ら)狭めるのではないか?‘平壌宣言’(2002年)に帰って(拉致、北核、ミサイル)トータル パッケージ解決を指向しなければならない”と主張した。

前原代行の今回の発言と関連して週刊新潮は前原代行が過去二度北訪問したことがあると報道した。

《週刊文春》(週刊文春)も前原代行が京都府議員時期に日朝友好京都議員連盟会員だったと指摘した。
京都は共産党など左傾色彩が非常に強い地域だ。

これに対して前原代行は2月10日記者会見で、“私は当時日朝、日・韓、日・中友好議員連盟、すべてにに加入していた”と明らかにした。

前原代行が初めて北朝鮮を訪問したことは政界入門直後の1992年だった。

日朝友好京都議員連盟代表団で北朝鮮を訪問した彼は板門店まで振り返った。
二番目平壌訪問は衆議院3選議員だった1999年5月末だった。

この時は選挙区の京都の絹織物会社の河村織物株式会社社長と共に行った。
この会社は日本皇室に最高級シルクを納品する有名な会社だ。
伝統的な修正業務を守ってきたこの会社は1997年に安い労働力を探して、北朝鮮に自主工場を建設して日本政府が全面的対北朝鮮制裁に入った2006年撤収した。

この会社の対北朝鮮投資を朝総連側を通して、斡旋した人がまさに前原代行だったという。
彼は当時この会社の相談役だった。

当時前原議員の要請を受けて河村織物と北朝鮮を連結させて、与えた人は、北朝鮮に親族があって対北朝鮮貿易をしながら統一戦線部など工作機関と関係を結んでいる朝総連系K氏であった。

K氏は前職総理代わりになど日本の有力者らと幅広い人脈を維持していると知られている。
現実主義者(現場主義者あるいは実用主義者)の政治家前原としては平壌を訪問できる機会があれば行ってみるのが当然のことかわからない。
しかし関西地方で親北者で広く知られたK氏と同じ人物と身近に接するのはいくら‘実用的次元’といっても慎重な身の振り方とは違うようだ。

北朝鮮の韓日離間策動

前原外務大臣の今回の言動を吟味してみるためには、北側の対外事業、すなわち対日工作のメカニズムも調べなければならない。
 
韓米、韓日関係を分離させるのは北朝鮮の対外事業で最も重要なことの中の一つだ。
もちろんこのようなことをするには多くの投資と公開・非公開の多様な組織が必要だ。

 日本には光復(解放)以後朝総連を初め、広範囲な合法・非合法工作インフラが存在してきた。

 平壌側は前原代行のように‘偶然に’北側と関係が結ばれた外国要因らをどのように対するのか?外国政治家の北朝鮮訪問は当然金正日の事前批准を受けなければならない重要懸案だ。

 金正日は1975年以来北朝鮮のすべての工作機関を直接掌握、指揮してきた。

 前原議員の二番目訪問の時には朝鮮社会科学者協会を訪問したこと他には北朝鮮での日程が不明だ。
この二番目北朝鮮訪問時河村織物が北側に贈り物に贈呈した最高級自首が妙香山‘国際親善展覧観’に展示されているという。

 北朝鮮は韓日関係を分離させるために対日工作を特に重要視してきた。

 過去北朝鮮が‘大韓民国は野蛮的独裁国家’というイメージを作った舞台が日本だった。

 北朝鮮の工作がどれくらい巧妙に形成されているのか例を聞いてみよう。

 盧泰愚政権時期のことだ。

日本政府の高位要人が業務上パートナーの韓国官僚に、韓国政府(大統領府)の処置を問い詰めた。

 “韓国政府が日本の対北朝鮮接触を牽制、遮断しながら、自らは平壌に密使を派遣して、北側と裏面接触をしている”とし、“韓国は友好国間の最小限の信義も裏切っている”と抗議したのだ。

 彼が韓国政府の対北朝鮮密使と取り上げ論じた人物はどんな宗教人だった。

 北朝鮮は平壌を往来したこの宗教人が大統領府の密使ともっともらしいチャンネルを通して、日本側に流したのだ。
ソウルから平壌に密使を送ってくる状況であるから、日本政府も韓国側を無視して日本・北朝鮮間接触に出てという謀略だった。

 このような簡単な謀略も、確固たる信頼関係がない状況では、互いに相手を疑うようになって両国の連帯を弱化、かく乱させる効果がある。

 北朝鮮は対南・対外宣伝攻勢をかける時、可能な資源を総動員する。

 動員された親北朝鮮勢力らは、オーケストラが各自自分のパートを演奏するように驚くべきである程調和するように、あるいは一糸不乱に宣伝扇動を遂行する。

 金正日体制では外交部も当然工作機関中の一つだ。

 彼らを単純な外交官と考えて接触するのは誤りだ。

 北朝鮮は延坪島事態以後出口戦略を模索しながら、昨年12月ビル・リチャードスン米国、ニューメキシコ州知事を招請した。

 次期米国国務長官でも議論されるリチャードソン州知事は北朝鮮の立場で見る時は非常に役に立つ人物だ。

 原則派外務省局長はインド大使に出て行って

 北朝鮮が前原日本外務大臣を見る目もこれと大きく違わないだろう.次期総理候補中一つで議論される前原代行も北朝鮮との関係改善を通して、自身の政治的位置づけを広げようとする欲がなくはないだろう。

 筆者が会った日本側人々はたいてい今回の前原発言をそのような観点で見ていた。

 こういう両者の必要性が一つになる時、その波紋は意外に大きくなることもできる。

 前原外務大臣が北朝鮮との関係改善意志を表明したが、この過程に外務省は特別な役割をしないと見られる。

 対北朝鮮原則派として日本・北朝鮮関係を主管してきた斉木昭隆外務省アジアオセニア局長は1月中旬駐インド大使で発令された.◎

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