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2011年8月11日木曜日

盧泰愚回顧録 北方政策

盧泰愚の回顧録が出版された。彼の肉声回顧録は朝鮮日報から出ていて、私も読んだことがある。今回はさらに踏み込んでいる。日本や韓国では、もっぱら他の政治家への評価や、秘密資金提供の部分が取り上げられている。しかし、外交面でもかなりいろいろ書いてあるようだ。買って読んでみようと思っている。

以下は朝鮮日報の報道。韓国との国交正常化を前に、中国が「他の国に言うな」とくぎを刺していたというのが興味深い。もう少し解説がないと、日本の読者にわかりにくいが、北方政策は北朝鮮封じ込めのため、北朝鮮に近い国と国交正常化し、北朝鮮を包囲した政策のことだ。盧泰愚時代の外交政策では非常に高い評価を受けている。

盧泰愚前大統領は回顧録で韓・中(韓・中),韓・所(韓・ソ)修交など'北方外交'および南北関係にからまった秘話らを相当数公開した。

◆北方外交
↑ [朝鮮日報]
前大統領は1990年6月第一次韓・ソ首脳会談と関連,"会談2週間前ソ連のアナトーリ トブリニン外交首席補佐官が韓国にきて,秘密裏に会った。

トブリニンはゴルバチョフの(首脳会談)決定は党と軍部,外務部反対の中に秘密裏に下されたのでどんなルートを介してもこれを確認しようとしてはいけないと伝えた。

わが方の参謀には、彼の一言にもてあそばれる希代の詐欺にまきこまれるのではないのか憂慮する人もいた"とした。

彼は"トブリニンが極秘でことを推進して,当時ソ連外相のシェワルナゼさえ知らなかったほどであった"とした。

首脳会談当時盧前大統領が"金日成と会談を周旋してくれ"と要請したこと,ゴルバチョフ書記長が記念撮影を拒否しようとしたこと等も公開した。

韓・中修交と関連,中国側は事前秘密接触で"北朝鮮に事前通報しないから韓国もどこの国にも(修交交渉を)知らせるな"と強力に要請,台湾に知らせられなかったしその結果台湾が修交断絶などの(過激な)措置をとることにつながった。

盧前大統領は"韓・中修交過程で過去の鮮京(ソンギョ)グループの前社長が少なくない役割をした"と書いた。

この前社長が中国を行き来しながら,中国側メッセージを盧前大統領に伝えたということだ。

盧前大統領は"そのようなおかげで韓・中修交以後私が中国を訪問した時,中国側が鮮京(ソンギョ)グループの人々を鄧小平の専用機に乗せて,名所を観光させてくれるなど特別待遇をしたという報告を受けた"とした。

◆南北関係

盧前大統領は1988年就任直後,リリー駐韓米大使とメネトゥリ米8軍司令官から"大韓民国に(米軍の)戦術核がある"との報告を受ける。

米国側は事前に"大変重要な報告がある。

金宗輝外交安保首席が直接通訳をして他の人は同席させないでくれ"と要請した。
米国銀その時まで駐韓米軍戦術核に対して肯定も否定もしない(NCND)立場を取っていた。

盧前大統領は"言論で核兵器が色々な所配置されているように報道したが実際には一ヶ所だけだった"と明らかにした。

盧前大統領は1991年秋金宗輝外交安保首席から"米国が全世界的に配置された戦術核兵器を撤収するという方針をたてて韓国内戦術核兵器をすぐ撤収するようだ"という情報報告を受けた。

盧前大統領は"北朝鮮が核兵器を作らないようにして私たちが主導権を握るために先手を打たなければならない"と考えたし,11月8日韓半島非核化宣言を発表した。
南北頂上会談に対して金日成はずっと消極的だったがただ一度盧前大統領を北朝鮮に招請したという。

1992年春尹基福祖平統委員長が金日成の特使で親書と招請状を持ってソウルにきた。

だが招請時期が金日成誕生日とかみ合っていたし,当時朴哲彦体育青少年部長官が'お金と関連がある'として盧前大統領は断った。

彼は"外見を台なしにしながらまで、(南北会談)することはできない"といった。

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