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2011年12月27日火曜日

"2011年独裁者らに最悪の年" voa

 

http://www.voanews.com/korean/news/korea/2011-BAD-YEAR-FOR-DICTATORS-136224363.html

 

正恩が新たな独裁者にならないように祈りたい。

 


2011年は全世界独裁者らに最悪の年と記録されました。
エジプトのホスニ・ムバラク、リビアのムアマル カダフィ、そして北朝鮮の金正日など鉄拳統治で権力を独占した独裁者らが権力で追放されたり死亡したためです。
ユ・ミジョン記者がお伝えします。

21日平壌ハナ音楽情報センターにかかった金正日委員長の大型影像の前で住民たちが弔意を表わしている。
今年に入り最も早く悲運の主人公になった独裁者はムカベ、ベンアリ前チュニジア大統領でした。
去る1987年大統領に当選して、23年間長期執権したベンアリはいわゆる‘ジャスミン市民革命’で権力で追放されました。
去年12月チュニジアで大学卒業後、職場を求められなかったある青果物露天商の青年が無許可取り締まりにかかって、果物と売台などを皆奪われました。
生計のために当局に善処を訴えたが、受け入れられないので彼は庁舎の前でガソリンを全身にふりかけ焼身自殺しました。
これを契機に高い失業率と物価で苦痛を受けたチュニジア国民の怒りが触発されました。
ベン アリ大統領はデモ隊を残忍に武力弾圧しながら、権力を放さないようにしたが結局今年1月サウジアラビアで夜逃げする身分になりました。
チュニジアで始まった‘ジャスミン革命’は‘アラブの春’に続き、中東地域他の独裁者らの没落を持ってきました。
30年の間鉄拳統治下で‘現代版ファラオ’で君臨してきたエジプトのムバラク前大統領も市民革命の前にひざまずきました。
エジプト首都カイロのタフリ広場には百万人が集結して、ムバラクの退陣を要求しました。
30年統治も足りず、次男に権力を譲ろうとしたムバラク前大統領は結局さる2月辞退を発表して退位し、現在デモ隊を無慈悲に流血鎮圧した疑惑で裁判を受けています。
1978年から33年間絶対的な権力を享受してきたイエメンのサルハ大統領も去る11月退陣しました。
サルハ前大統領は1月憲法に規定された大統領兼任制を廃止して終身執権を狙ったものの、国民の強い反発にあたって、流血鎮圧に出ました。
しかし国内外の辞退圧迫は強力でした。
サルレ前大統領は結局国民の意志に屈服して、今年11月退陣内容が入れられた権力委譲の中に署名して退きました。
今年最もみじめな最後を迎えた独裁者はリビアの前国家元首のカダフィです.
カダフィは去る1969年27才の年齢でクーデターを起こして、王政を押し倒した後42年間アラブ圏の最長寿統治者として君臨しました。
カダピ体制下でリビアは、永らく人権弾圧とテロ支援などで国際社会の強力な非難と経済制裁措置を受けました。
結局カダピもアラブの春を避けることができませんでした。
市民軍は米国と英国など多国籍軍の支援を受けて、6ケ月間の内戦で勝利しました。
“最後まで戦う”として海外に亡命しないで粘ったカダフィは結局去る10月逃避中市民軍に捕まって、殺害されて、その死体は展示されるなどみじめな最後をむかえました。
2011年を締め切る12月.

また一人の独裁者が歴史に消えました。
数多くの北朝鮮住民たちを政治犯収容所に収監して苦難の行軍期間中数 百万人を餓死させて、毎年世界報道機関と宗教、人権団体らが選ぶ最悪の独裁者の中で1人に選ばれてきた北朝鮮の金正日委員長が去る17日心臓まひで死亡しました。
金正日は金日成が死亡した1994年公式に最高指導者席に上がったし、後継者で内定した1974年から37年間権力を振るいました。
引き続き去年自身の三番目の息子金正恩を後継者に定めることによって、全世界どこでもその類例を探せない三代世襲を進めようとしています。

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