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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください。コメントは実名以外受け付けません。

2014年2月25日火曜日

遺言’と労働党第7次大会


<連載>チョン・チャンヒョンの‘金正恩時代北朝鮮読み取り’ (43)
チョン・チャンヒョン| tongil@tongilnews.com

北朝鮮を過大評価しているが、バランスのいい分析なので、翻訳してみた。

http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=106175

2015年は朝鮮労働党が創党されて70周年になる。
北朝鮮労働党と南朝鮮労働党が適当で,朝鮮労働党の名前で公式創党されたのは1949年6月だが,北朝鮮は1945年10月10日平壌で開かれた朝鮮共産党‘西北5道党責任者大会’(10~13日)を党創建日としている。

北朝鮮は党創建70周年をむかえて,来年10月35年ぶりに朝鮮労働党第7次大会を開くと予想される。


労働党規約によれば通常4年ごとに党の最高機関の党大会を開くように規定しているけれど北朝鮮は国内外情勢により党大会を不規則的に開催してきた。

しかし30年が過ぎるまで党大会を開かないのは非常に異例的で非正常的な状況だ。

2015年10月7次党大会開催予定

▲北朝鮮では金日成主席と金正日国防委員長の'遺言'が重要な政策基調に位置している。

北朝鮮は6次党大会以後党大会を開催したことがない。

金日成主席は1983年に“1985年まで社会主義経済建設の10代展望目標の中で重要な内容らを基本的に実現して、1986年に党第7次大会を開く”と言及した。

しかし北朝鮮は1980年代中盤第2次7ケ年計画目標を達成できず,2年間調整期(1985~1986)を経たし,第3次7ケ年計画(1987~1993)も目標値に達しなかった。

しかも金日成主席死亡以後には最悪の経済難を体験しながら‘苦難の行軍’,‘社会主義強行軍’道を歩かなければならなかった。
党大会を開く経済条件が作られなかった。

1999年北朝鮮は10余年ぶりに経済がプラス成長に戻って,新しい経済計画を提示する必要ができて国際環境が好転。2010年10月党創建55週年をむかえて,党大会開催を考慮した。

しかし南北首脳会談開催,北朝鮮,米対話急進展などで党大会開催はまた延ばされたし,2002年第2次北核危機が作られながら,より一層難しくなった。

党創建50周年の2005年と金正日国防委員長の党総秘書推戴10周年の2007年党大会に開催されるという予想もはずれた。

その後の北朝鮮が‘強い大国の門の開く年’と宣言した2012年に党大会が開かれるという展望が有力に提起されたが,2011年12月金正日国防委員長の死亡で失敗に終わった。

北朝鮮は後継者の公式登場と推戴行事も党大会でない臨時党大会に該当する党代表会に代った。

党代表自晦でも党規約改正と要人改編ができるが通常の党大会よりは規模が小さくて,比重が低いことに評価される。

1980年以後党大会が準備して失敗に終わる過程を見れば北朝鮮は経済問題と安保問題が解けてこそ党大会を開けると判断するようだ。

最近では統一問題まで新しい条件に追加されたと見られる。

今年新年辞で金正恩第1委員長は“偉大な首領様(金日成)が祖国統一と関連した歴史的文書に生涯の最後の親筆を残された20周年になる年”として“偉大な首領様と将軍様の遺言を敬って,今年の祖国統一運動で新しい前進を成し遂げなければならない”と言及した。

党大会開催のための国内外条件は皆金日成主席の遺訓と直接関連がある。

遺言は亡くなった人が生前に残した訓戒や教訓をいう。

北朝鮮は先代指導者が残した遺言を徹底して貫徹するのを後継者や継承者の最高徳性で宣伝(善戦)している。
北朝鮮で遺言の重要性は北朝鮮転任にたてた‘永生塔’を通じても難なく確認される。

平壌国際空港で市内中心部にくるならば100mに達する巨大な塔に会うようになる。

金日成主席逝去3周期をむかえて,建設した‘永生塔’だ。

この塔には“偉大な首領金日成同志は永遠に私たちと一緒におられる”という文が彫ってある。

北朝鮮は金日成主席逝去以後全国の主要工場.企業所.学校などに永生塔をたてた。
実際に平壌を訪問すれば“金日成主席は今日も私たちの人民と共におられる”という北朝鮮の宣伝を実感するようになる。
1998年憲法を改正しながら,国家主席職を廃止しながら,金日成主席を‘永遠の注釈’で推戴したほどだ。

それだけ北朝鮮で金日成主席の遺言は相変らずすべての政策の方向を定めて正当性を獲得する指標として作用する。

人民生活改善が最初の遺言

▲金日成主席の代表的遺言では人民生活向上が含まれている。

それなら北朝鮮が強調する金日成主席の代表的遺言にはどんな事があるか?
最初は富強祖国建設だ。

北朝鮮は金日成主席が逝去二日前に最後に指導した‘経済部門責任イルクン協議会’でも経済問題と人民生活問題に対し懇切な教示を与えたとし,経済建設を遺言で強調する。

金正日国防委員長も1994年10月20日労働党中央委員会責任一群らとある談話で“遺言を貫徹するための闘争で最も重要なのは人民生活を高めること”と明らかにした。

彼は“人民皆が白い米の飯に肉汁を飲みながら,絹の服を着て瓦の家で住むようにされようとするのが首領様の一生の願い”だったとし,人民生活分野で満足する成果を上げることも出来ない点を指摘した。

二番目は韓半島非核化と平和協定締結だ。

北朝鮮は国際社会が核廃棄を要求する時ごとに“韓半島の非核化は金日成主席の遺言”という返事を出している。
2010年1月北朝鮮は平和協定を提案しながらも“非核化に関する戦略的決断がなしで平和協定会談を提案しなかったこと”としながら“銃口を下ろして逆転しない非核化を実現するのは‘遺言’貫徹の脈絡で話していること”と明らかにした。

特に北朝鮮は最近“韓半島非核化は金日成主席と金正日国防委員長の遺言”としながら“条件ない早急な6者会談再開が重要だ”と強調している。
去る1月16日国防委員会名義で発表された‘重大提案’でも北朝鮮は“朝鮮半島非核化は民族共同の目標”として“朝鮮半島非核化を実現しようとするのはわが軍隊と人民の変わりない意志”と韓半島非核化に対する立場を再確認した。

三つ目は祖国統一3大憲章だ。

北朝鮮は金日成主席が逝去する一日前の1994年7月7日南北関係および統一と関連した文書に署名したと明らかにしている。
北朝鮮はこの文書に対して‘南北首脳会談と関連した中大門件’という程度だけ明らかにした。

南と北は1994年6月予備接触を持ってその年7月25日平壌で首脳会談を開催するように合意したが金日成主席の死亡で成し遂げることができなかった。

これと関連して金正日国防委員長は1997年<偉大な首領金日成同志の祖国統一遺言を徹底的に貫徹しよう>で金主席が統一方案で発表した‘祖国統一3大原則’(自主・平和統一.民族大団結)と‘祖国統一のための全民族大団結10代綱領’,‘高麗民主連邦共和国創立方案’を‘祖国統一3大憲章’と規定してこれを徹底的に貫徹していくことを促した。

ここで言及された‘祖国統一3大憲章’が金主席の遺言であるわけだ。

昨年の秋から北朝鮮の党と政府の幹部らの間では金正恩第1委員長が“金正日国防委員長の統一遺言を最短期間に貫徹する決心を下された”という話が出てき始めたという。

ここで金正日国防委員長の‘統一遺言’は6.15共同宣言と10.4宣言の全面的履行を意味する。

北朝鮮<朝鮮中央TV>ド初めての南北高位級接触合意を報道しながら“双方は南北関係を改善して,民族的団結と平和繁栄,自主統一の新しい時代を開く意志を確認”したとし,10.4宣言の合意文句を引用した。

もちろん現実的に南北関係を改善するためには2007年‘10.4宣言’で合意した懸案らを変化した状況に合うように履行するのが必要だろう。

昨年私たちの政界で行われたNLL論争で‘10.4宣言’で合意した西海特区構想は短期的に難しくなったためだ。

このような3大遺言他にも金日成主席や金正日国防委員長が提起したが果たせなかった個別事業らも遺言で議論される。
北朝鮮は昨年6月金正恩第1委員長が現地指導した宝城きのこ工場に対して金正日国防委員長の発起で建設を始めた‘遺言事業’で金正恩第1委員長が軍部隊に建設任務を任せて,完工したと報道した。

過去には達成しなければならない目標で遺言を強調する場合が多かったが最近では具体的に成果を出した後これを遺言貫徹で宣伝する場合が増加している。

7次党大会は唯一指導体系確立を宣言する行事

日本のある教授は“最近金正恩第1委員長の歩みを見れば2015年まで人民生活改善,平和協定(安保問題),南北関係改善など金日成主席の主要遺言貫徹で最大限成果を出そうと動いている”として“このような構想に成果を出して来年10月党創建70周年に合わせて,第7次党大会を開こうとする動きと見られる”と評価した。

韓国と米国の対北朝鮮担当者や北朝鮮専門家たちは頻繁に北朝鮮の突発性,不確実性を取り上げ論じる。

昨年12月米国議会調査局(CRS)も<北朝鮮の対米関係,核外交,内部状況>という題名の報告書で“張成沢処刑は色々な次元で金正恩政権の不確実性を高めている”として“金正恩第1委員長がこれからより一層挑発的で予測不可能な行動を見せること”と分析した。
しかし大部分の場合このような評価は北朝鮮を外部の見解と基準で見るために現れる。

北朝鮮の論理や内部政治流れを歴史主義的視点で見れば北朝鮮の行動はむしろ予測しやすい側面がある。

去る1月29日(現地時間)米国国家情報を総括している国家情報局(DNI)が米上院情報委員会に提出した報告書でおりた最近北朝鮮情勢に対する評価が一つの事例であろう。

“北朝鮮金正恩は権力の座に上がって2年が過ぎながら,唯一の指導者と最終決定権力者(authority)として彼の地位をより一層強化した。
粛清を通して,彼の統制力と忠誠心をより一層強化した。

金正恩は労働党全員会の開催等を通して,労働党官僚らを主要席に配置するなど労働党の地位を高めた。

金正恩と彼の体制は計画経済基調を維持しながら,北朝鮮人民らの人生と難しくなった経済を改善すると公開的に強調した。
金正恩はこのような政策を核兵器開発と経済開発を成し遂げるデュアル トラック(dual-track,並進政策)政策で明文化した.…北朝鮮は在来式軍事力の劣勢によって北朝鮮指導者が抑制と防御に焦点を合わせた。

長期的な分析によれば北朝鮮立場ではこのような核能力が抑制と国際的な地位,そして高圧的な外交を意図するのだ。”

米国国家情報局のこのような評価は‘長期的分析’と‘北朝鮮の立場’を考慮した‘あるそのままの情報’に基づいたと見られる。
それだけ北朝鮮の認識と内部状況把握で‘信頼度’を担保したといえる。

他の側面で見れば‘北朝鮮の急変事態’を言及する米国の個別官吏や専門家らとは違い、米国の情報当局は概して北朝鮮の情勢を比較的客観的に見ていることだ。

6者会談再開のための事前整地作業の一環でもある。
北朝鮮が来年に労働党7次大会を開く場合北朝鮮政治の透明性,‘予測の可能性’はさらに高まるものと見られる。
北朝鮮は2009年から2010年にかけてなされた党,本当に,軍に対する組織改編以後金正日時代に入ってきて,跛行的に運営された党中央委員会全員会の,政治局会議,党中央軍事委員会が正常に稼動し始めた。

特に昨年2月政治局拡大会の→3月党中央委員会全員会の→4月最高人民会議→内閣拡大全員会の開催を通して‘経済建設と核武力建設並進路線’を採択して,法制化および予算編成,実務対策など後続措置を用意していく意志決定過程は金正日時代には見られなかった現象だ。

金正日時代に跛行的になされた党の運営が正常化して‘集団的協議構造’が復元されることによって北朝鮮の路線と政策をもう少し正確に予測できるようになったのだ。

そのような点で2015年労働党7次大会開催は北朝鮮が‘非常体勢’から‘正常な体制’に安定化されて,金正恩第1委員長中心の唯一指導体系が確立されたのを対内外的で宣言する席になると予想される。

北朝鮮は年初から‘重大提案’を通じて,南北関係改善に積極的にでて,中国を仲裁者で6者会談再開を模索している。

今年北朝鮮の自らの設定した食糧生産目標は650万トンだ。

平均的にすべての住民に規定量の食糧を分配および供給できる水準だ。
2015年10月までは1年8ケ月が残った。

北朝鮮がこの期間の間‘3大遺言’貫徹に目標にした成果を達成して,党大会を開催できるか注目される。
韓国と米国の呼応がなければ不可能なためだ。

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