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2014年4月25日金曜日

朝鮮労働党の組織改編と要人変動

http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=106947

とりあえず訳してみた。意味不明なところはご容赦を。


<連載>チョン・チャンヒョンの‘金正恩時代北朝鮮’ (50)

北朝鮮は3月9日金正恩時代に入って,初めて行われた第13期最高人民会議代議員選挙を通して,総687人の代議員を選出した。
選挙結果約55%である376人が更迭された。

これは1998年第10期の時交替率64%よりは低いが、2003年第11期時の50%,2009年第12期時の45%よりは多少上昇した数値だ。

一月後の4月9日北朝鮮は第13期最高人民会議第一次会議を開催して,金正恩国防委員会第1委員長を推戴するなど国家機関主要人選を終えた。

これに先立ち北朝鮮は3月17日金正恩第1委員長が参加した中で党中央軍事委員会拡大会議を開いて,一部委員を交替し,4月8日には党中央委政治局会議を開催。一部政治局委員(候補委員)をはじめとして,党部長と市.徒党責任秘書に対する人事を断行した。
党政治局会議には党中央委政治局常務委員,委員,候補委員らが参加したし内閣副総理,党中央委部長,第1部部長,副部長などが傍聴した。


北朝鮮が党中央軍事委と政治局会議を相次いで開いて,党組織を整備。最高人民会議第13期1次会議を通して,国家機構に対する要人を断行することによって名実共に金正恩時代権力陣容をスタートさせるものと見られる。

特に最高人民会議選挙結果を通して,労働党の人事変動も一部把握できる。

政治局常務委員と委員の変動
▲北朝鮮労働党党代表会 開催現況.


<北朝鮮この年2013>(統一部統一教育院).

[資料出処-統一部北朝鮮情報ポータル]

朝鮮労働党の最高意志決定機構は党大会だ。

しかし1980年労働党6次大会開催以後党大会は招集されたことがない。

党大会と党大会の間には党中央委員会がすべての党事業を組織指導する仕組みだ。
党中央委員会が朝鮮労働党の実質的な核心的な意志決定体である。

党中央委員会は‘党の路線と政策および戦略戦術に関する緊急な問題らを討議決定’するために党代表者会議を招集することができる。

今まで党代表者会議は1958年3月と1966年10月,2010年9月,2012年4月の4回開催された。

党中央委員会は全員会議を6ケ月に1度以上招集する決まりになっている。党中央委員会全員会議は1993年12月6期21次全員会の以後公式に開かれなかったが、2010年9月と2013年3月に開催された。

党中央委員会は政治局と秘書局,検閲委員会で構成される。

政治局は北朝鮮権力の実質的な最高核心体ですべての政策方向と地図指針を樹立する。
政治局は常務委員と候補委員で構成される。

1980年労働党6次大会当時政治局常務委員で金日成と金一,オ・チンウ,金正日,李鐘玉など5人が選出されて金正日国防委員長を除いた4人が死亡。常務委員では金正日国防委員長だけ残っていた。

そうするうちに北朝鮮は2010年9月3次党代表会と全員会議で金正日,金英南,崔永林,チョ・ミョンロク,リ・ヨンホを常務委員に選出した。

2012年4月4次党代表自晦では政治局常務委員に金正恩第1秘書,金英南最高人民会議常任委員長,崔永林内閣総理,崔竜海人民軍総政治局長,リ・ヨンホ人民軍総帽章(2012年7月解任)が選出された。

死亡者が多くて,何人も残っていなかった候補委員らも2010年9月会議で補強されて,前委員は17人,候補委員は15人で拡充された。

北朝鮮はこの他にも党中央委員,党中央委員会候補委員,党中央軍事委員などを新しく選出した。

昨年3月31日に開かれた労働党中央委員会全員会の時確認された政治局常務委員と委員は次のようだ。

常務委員:金正恩,金英南,崔永林,崔竜海
上のウォン:張成沢,金敬姫,金ジョンガク,朴道春,金英春,金国泰,金己南,崔泰福,
楊亨燮,リ・ヨンム,姜錫柱,玄チョルへ,金ウォンホン,リ・ミョンス,朴奉珠(補欠選挙)

候補委員:呉克烈,金ヤンゴン,金ヨンイル,太宗数,金評して,ムン・ギョンドク,チュ・キュチャン,クァク・ポムギ,
金チャンソプ,リ・ビョンサム,ロドゥチョル,チョ・ヨンジュン,金キョクシク(補欠選挙),現英哲(補欠選挙),崔プイル(補欠選挙)

▲北朝鮮労働党も

<北朝鮮この年2013>(統一部統一教育院).
?[資料出処-統一部北朝鮮情報ポータル]

しかし4月8日に開催された党中央委員会政治局会議では一部委員らに対する人事が在ったものと見える。

まず内閣総理で解任されて,最高人民会議常任委員会名誉副委員長で1線から退いた崔永林の代わりをして,朴奉珠現内閣総理が常務委員に選出された可能性があるが、まだ確認されていない。

今回政治局常務委員に任命されなかったとすれば次期党中央委員会全員会議が開かれる場合補欠選挙されるものと見られる。

政治局委員中では昨年12月死亡した金国泰,やはり昨年12月処刑された張成沢をはじめとして,第13期最高人民会議代議員選挙で代議員に選出されない玄チョルへ,リ・ミョンスは脱落したと見られる。

候補委員中では13期代議員から脱落したムン・ギョンドク秘書,リ・ビョンサム人民内務軍政治局長,現英哲前人民軍総参謀長が除外されただろう。

代議員には選出されたが現職から退いた金英春前国防委員会副委員長,金ヨンイル前国際担当秘書,チュ・キュチャン前国防委員,金キョクシク前国防委員などの政治局委員(候補委員)残留の有無は確認されなかった。

反面崔プイル人民保安部長兼国防委員が政治局候補委員で補欠選挙されたし,張ジョンナム人民武力部長兼国防委員,リ・ヨンギル総参謀長,金秀吉新任平壌市党任秘書などは政治局委員や候補委員に補欠選挙されたり、今後補欠選挙される可能性がある。

秘書局の変化

政治局と政治局常務委員会は政策決定権がいるといっても実務的執行権限は持っていない。
むしろ党中央委員会秘書局が実務的執行権限は持っている。

労働党規約によれば秘書局は“党内部事業で立ち向かう問題とそれ以外の実務的問題らを主に討議決定してその執行を組織指導”とする。
秘書局には各部門を担当する10人内外の秘書をおいている。

一部秘書らは政治局委員および候補委員を兼ねる。

4月8日に開催された党中央委員会政治局会議では秘書局秘書らに対する一部人事もあった見られる。

まず国際担当秘書に金ヨンイル秘書(代議員職は維持)が退任して姜錫柱副総理が後任に任命された。

党国際部指導員,課長を経て,内閣の外交部副部長,外務省第一副長官で活動して2010年内閣副総理で昇進した姜錫柱秘書は1994年ジュネーブ基本合意文を引き出すなど20年以上北核交渉と対米外交を主導した経験がある。

また最高人民会議第13期第1次会議では内閣外相が朴ウイチュンでリ・スヨンに更迭された。
姜錫柱秘書が中国にも幅広い人脈を持っているが過去長い間対米交渉を主導してきたし,リ・スヨン外相が中国よりはヨーロッパ,中東外交に強力な点を持った人物という点で今後外交多角化と対米外交を強化しようとする布石と見られる。

また金敬姫秘書が退いて後任ではクァク・ポムギ秘書が席を移して,軽工業担当秘書を引き受けた可能性も大きい。

計画財政部門を担当したクァク・ポムギ秘書席には内閣副総理と咸鏡北道党責任秘書を経た呉スリョンが昇進起用されたと推定される。

彼は伝統的に財政計画部長または財政計画担当秘書が兼任してきた最高人民会議予算委院長に新しく選出された。

ムン・ギョンドク秘書(平壌市党責任秘書)も張成沢事件の余波で解任された。

以外に金己南(宣伝) 崔泰福(教育 科学) 金ヤンゴン(対南) 朴道春(幹部)秘書は留任になった。

党中央委員会傘下専門部署の変動

▲ 4月8日党政治局会議を反映した労働党.

北朝鮮公式言論報道で確認された内容だけ反映していて変化した状況を保守的に反映している。
[資料出処-北朝鮮情報ポータル]
党中央委員会傘下には20ケ余りの実務部署が設置されている。

党中央委員会全員会議は秘書局を組織するが党の実務を担当する実務部署に対する人事権を持っていることはない。

専門部署の変化中最も著しいことをやはり張成沢が部長であった行政府の廃止だ。

行政府は本来軍事部門などと共に組織指導部のある‘部門’で2007年6月に党中央委員会行政府(部長張成沢)として独立して張成沢処刑と共に廃止され,また組織指導部に吸収されたと伝えられる。

行政府で独立する当時張成沢部長-リ・リョンハ第1部部長-張スギル副部長など約50余人(各道.市.軍行政府人員除外)で構成されたという。
また金敬姫秘書が退陣しながら,彼が管轄した党軽工業部も一部改編されて,ペク・ケリョン軽工業部長が退いた。

後任は確認されなかった。

党計画財政部長は呉スリョン秘書が,国際部長は姜錫柱秘書が兼職していると見られる。
勤労団体部はリ・ヨンス部長が退いてリ・イルファン前金日成社会主義青年同盟第1秘書が任命された。

1960年生 リ・イルファン部長は13期最高人民会議代議員には選出されなかったけれど‘革命3世代’で1998年から2001年まで金日成社会主義青年同盟第1秘書を過ごすなど青年同盟幹部で永らく活躍したし,平壌市党秘書であって党部長に起用された。

おばあさんの金ミョンファが抗日パルチザン出身で,父親のリ・ゴンイルも愛国烈士陵に埋まっている。

労働党が順次世代交代されているのをよく見せる人事であろう。

13期代議員では選出されたが国防委員で解任されたチュ・キュチャンが党機械工業部長から退いたのは確認されなかった。

市.徒党委員会要人

2012年金正恩体制スタート以後各市.道党委員会には大きい人事変動があったことに伝えられる。

今回確認されたことは平壌市党責任秘書,咸鏡南道党責任秘書の交替だ。
ムン・ギョンドクが退いた平壌市党責任秘書には金秀吉人民軍総政治局組織副局長が任命された。

通常平壌市党責任秘書には政治局委員や候補委員級が任命されてきたという点で非常に破格的な人事に違いない。

金正日時代に続き金正恩時代にも総政治局人々が重用されているわけだ。

呉スリョンが党計画財政部長へ席を移して,公の席になった咸鏡南道党責任秘書には誰が任命されたのか確認されなかった。

党組織部と宣伝煽動部の世代交代注目

全般的に見れば今回の労働党改編および要人では張成沢処刑と金敬姫秘書の失脚の余波で党行政府が解体されて軽工業部が一部改編されたし,その余波で一部要人変動があったといえる。
張成沢粛清が党行政府の他に他の党部署に大きい影響を及ぼさないと見られる。

ただし金正恩第1委員長の現地指導随行頻度が高くて,言論で‘信実傾向’で注目をあびてきた党中央委員会第1部部長と副部長らは今後も注目する必要がある。

特に組織指導部と宣伝煽動部を注目しなければならない。

党組織指導部は“党組織を動かして党員らの党組織生活を指導する部署”であるために党私の部署ら中で最も重要な部署に規定される。
金日成主席は1962年3月労働党中央委員会第4期第3次全員会の拡大会議である結論<党組織事業課思想史業を改善強化するところ対し>で党組織指導部の役割に対してこのように規定したことがある。

“党を設けながら,党を動かす事業を主にする部署はどの部署ですか?それは組織部,宣伝煽動部であり,特に組織部がこの事業をします。

党事業がうまくいってならないでする問題は党委員長,党委員会の活動にたくさんかかっていながら,特に党組織部の役割に大きくかかっています.…組織部というものは党員らの党組織生活と党委員会,党細胞のような党組織らの活動を指導する部署です。

組織部は党を絶えず整備して強固にする部であり,党生活を強化する党生活指導部と言える。

約2,500余人の中央党幹部が活動していると知られている党組織指導部は実質的に北朝鮮労働党を動かす部署といえる。

現在組織指導部長は公の席(または総秘書が兼職)であり,公開活動をしている主要幹部ではチョ・ヨンジュン.金ギョンオク.崔フィ.ファン・ビョンソ第1部部長,朴テソン副部長などが知られている。

特に2世代ですでに元老グループに分類されるチョ・ヨンジュン.金ギョンオク第1部部長の他に3世代に分類されるファン・ビョンソ.崔フィ第1部部長と朴テソン副部長が注目される。


そのうち1954年生まれの崔フィ第1部部長は韓国動乱(朝鮮戦争)で廃虚になった平壌市復旧建設を陣頭指揮した人物で金日成主席の格別の信任を受けた崔ジェハ前内閣建設大臣の息子だ。

彼は金日成総合大学を卒業した後1990年代から永らく金日成社会主義青年同盟で活動しながら,思想担当秘書を歴任したし,2000年5月平壌学生少年芸術団を率いてソウルを訪問したし,2002年8.15民族統一大会北側代表団院でソウルに立ち寄るなど南側とも縁がある。

以後金日成高級党学校を出て,党組織指導部課長,党生活指導担当副部長で活動したし,昨年第1部部長で昇進した後13期最高人民会議代議員にも選出された。

特別な政治的誤りがない限り年老いていたチョ・ヨンジュン第1部部長の後に続くと予想される。
昨年一部幹部らが更迭される‘人事台風’を経た宣伝煽動部の場合核心幹部には大きい変動がなかった。

リ・ジェイル第1部部長が相変らず席を守ったし,2012年朝鮮中央通信社社長で活動して昇進した金ビョンホ副部長も13期代議員には選出されなかったけれど金正恩第1委員長の現地指導にしばしば遂行している。

北朝鮮は13期最高人民会議代議員選挙を通して,金英南,リ・ヨンムなど元老グループを特別に優待しながら,崔竜海と張ジョンナム等で代表される新側近グループを前線陣地に配置させるなど老.中.青調和を通して,体制安全性を強化したと評価される。

北朝鮮は伝統的に党の継承性を保障するために老幹部と若い幹部を適切に,配置して,幹部隊列を老.中.青配合の形態で作らなければならないという原則に立って,幹部人事をしてきた。

13期代議員らの年令も39才以下3.9%,40才から59才まで66.9%,60才以上29.2%で12期の時と大きく違わない。

ただし党.政.軍の中間幹部層では40~50代の世代交代が早く進行していると見られる。
金正日国防委員長は2001年3月11日労働党中央委員会責任ある働き手とある談話,新しい世紀,21世紀は情報産業の時代だ,で“若い幹部らを大胆に登用しなければならない”としてこのように話したことがある。

“私は首領様が一生懸命育てられた働き手らが、年上でも仕事ができるよう大切にしてきた。

首領様を迎えて仕事をした幹部らが今はほとんどみな年上です。

こういう条件で彼らの後に続く幹部らを育てなければなりません。…若い人々にことを大胆にさせなければなりません。

私たちの党はかなり以前からで,中,青を配合するところ対する原則を出したのに世代が変わるのに合うように幹部も更新しなければなりません。”

このような幹部政策は金正恩時代にもずっと維持されている。

したがって金正恩時代労働党も当分金正日時代の元老幹部らを待遇しながら,党部長と副部長職に新進世代を起用する方式で漸進的世代交代を盛り上げると予想される。

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