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2016年9月3日土曜日

光州事件に北朝鮮から6百人の工作員介入?韓国報道

 

光州事件に、北朝鮮の工作員が関与したという噂はあったが、これが北朝鮮の墓で確認されたという。墓の写真を入手し、300人が確認され、さらに300人分の名前の資料があるようだ。

今は、こんなことをやる力はないと思うが、これからこの事件をめぐる南北の歴史の闇が解明されるかもしれない。

北朝鮮軍光州(クァンジュ)5.18南へ派遣(南派)は事実と主張 民間人権活動家
-光州市民の被害と犠牲の原因と北朝鮮の対南工作実体糾明の端緒になるか。

http://www.newstown.co.kr/news/articleView.html?idxno=131477

北朝鮮の人権運動家金ジュホ博士(北朝鮮の難民保護協会スポークスマン 57)は27日午後ソウルで記者会見を開催、1980年光州事態(光州事件の韓国での呼び方)当時北朝鮮特需部隊が南へ派遣(南派)介入したという証拠の一部を公開した。

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彼らは資料公開に先に発表した声明で、“北朝鮮軍が介入した証拠を発表することで、私たちの公敵が北朝鮮軍であることを再確認する契機にならなければならないこと”であり、これによって“私たちの内部に新しい葛藤対立、不和と反目の火種になってはいけない。”と強調しながら、“光州市民に2重3重の苦痛を強要した加害者の正体を認識しよう”と主張した。

声明は今回の発表は特定の政治的目的を持ったのでなく、より良い未来のために国民大和合と国民大統合のためのものであり、北朝鮮が繰り広げた対南工作の真実を明らかにして、再び光州事態のような不幸が北朝鮮の対南工作によって、発生しないようにするためだと主張した。

金博士は光州事態当時,北朝鮮軍偵察局特殊部隊が大挙侵入して多くの要員が韓国で死亡した。死体のない人民軍英雄らの烈士墓には「ホン・ソンピョ、リ・ジンヒョクなどの(名前が記録された158人)同志の他に332人の人民軍英雄烈士が葬られている」と彫られているとして、墓碑写真を公開した。

韓国で5.18事態(光州事件の呼び方)が終わった1980年8月頃に建てられた咸鏡北道清津市、ソ連軍解放塔近隣に位置する「人民軍英雄らの烈士墓」は、一般人を含め、誰でも出入が可能で、墓地前面中央に立つ追悼碑は、1998年2月8日墓地として新しく建設された。墓地の位置は誰でも簡単に探せるといった。

追悼碑に彫られた158人が南朝鮮革命闘争で犠牲になった“人民軍英雄らの烈士”という記録を、それぞれ違った文書で重複確認したとし、158人を含め、300人が越える死亡者の‘死んだ日’が1980年6月19日で記録されていて、この日の意味を確認する過程で6月19日は所属部隊の光州南へ派遣(南派)作戦終結日であり、南へ派遣(南派)されて死亡した者らの死亡日を一律的に6月19日にしたためだと指摘した。


ホン・ソンピョ、リ・ジンヒョクなど(158人)外332人の"人民軍英雄烈士らが眠っている"と記録された4m高さの追悼碑に関して金博士は、法的証拠能力を十分にそろえた資料を多数確保している。

 

これからいくつかの資料を補完して早急な期間内に2次発表をすると約束した。

この日、ある傍聴者が“死亡者が何十人ではなく何百人というのは多過ぎではないか?”と疑問を呈した。

金博士は“確実な資料と根拠によって出した数字だから、多い、少ないと断定することは困る、としながら今まで北朝鮮軍600人介入説と光州近隣山間に死体数百の闇埋蔵説が出回ったことから見て、今後も死亡者名簿が増える可能性がなくはないと主張した。

これに対し他の参加者は1960年代以来北朝鮮の挑発の内容と規模規模の移り変わりについて聞いた。

1965年以前には1~2人組で味方前方に侵入、偵察を主としたが、1965年以後3人組5人組武装スパイで規模と様相が変遷してきて1967年には7人組9人組で規模が増えて群山、筏橋など私たちの後方まで侵入してきたと話をした。

続いて1968年1月21日に武装共産軍金新朝一党31人が大統領府の前まで侵入してきた時、その規模と大胆さに驚いたし10ケ月後、11月には蔚珍、三陟山間奥地に武装共産軍を120人余り侵入させた。

その時から満22年も過ぎた1980年の光州事態に、600人も侵入させたとすれば、話が合わないと言った。

しかも名前が確認された死亡者じゃ300人余りとしたら、これは誰でも簡単に納得するには難しい数字であることに間違いない。

しかし北朝鮮内部で作成した文書に記載された名簿が、追悼碑に彫られた名前と正確に一致したことから見て、たとえ数字が常識水準以上で多いといってもこれを正面から否定する根拠や論理はないだろう。

発表現場で墓地および墓碑写真の他に、別途に提示したいくつかの資料を読んだソ・ソクク弁護士は、法的証拠力を持つ欠点がない資料と評価しながら、問題は一般国民が簡単に納得することができるように追加的な証拠と資料が補強されて、誰も否定したり反論を展開することができなくなることだ、と希望した。

この日参席者らは光州事態に北朝鮮軍が大規模に南へ派遣(南派)されたということに驚いた、としながら北朝鮮は今後、これよりはるかに大きい規模で挑発してくることも考えられるとし、

そのような場合を備えて、政府と軍はもちろん私たちの国民特に若い世代らが警戒心を持つべきだと口をそろえた。

ペク・スンモク論説委員hugepine@hanmail.net

 

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