2013年12月9日月曜日

張成沢失脚前に銃撃戦 東亜日報

銃撃戦情報はよく出てくるが・・・

 

北朝鮮,平壌で先月末張成沢国防委員会副委員長失脚の導火線になった銃撃事件が広まっていたことで7日伝えられた。
最近平壌を行ってきた複数の中国企業家によれば11月25日平壌にいる張副委員長の最側近張スギル行政府副部長が管理するある会社で張副部長側と北朝鮮人民軍間に銃撃戦が行われた。

軍人らは突然会社に押しかけて“キム・ジョンウン元帥様の指示を受けて会社を引き受けにきた”と話したし張副部長側人々は“ここがどこだと思うか。
張成沢副委員長の会社だ”と抵抗した。
両側の対立は結局銃撃戦につながって,1人が死亡したと知らされた。
銃撃戦直後張副委員長が掌握していた第3経済委員会は二日の間会議を開いた後“引受引継指示を受けることができなくてかんばしくないことが起こった”と釈明した。
第3経済委員会は金正日の秘密資金を管理した‘38号室’の後身で各種利権事業体を運営しながら,キム・ジョンウンの統治資金を作る機関だ。

結局第3経済委員会の釈明は受け入れられなかったし張副部長は張副委員長のまた他の最側近イ・ヨンハ行政府第1部部長と共に11月27日または28日公開処刑されたとのこと。

このような事実を伝えた中国企業家らは“張副委員長が金正恩執権以後第3経済委員会を通してお金になる最も重要な会社を一気に処理し軍の不満が高かった”と話した。

張副部長はタイル生産企業,化学業者など生活必需品を作る会社を管理しながら莫大な経済的利権を手にしたと知らされた。
これは張副委員長と側近らが崔竜海人民軍総政治局長など軍部と利権をめぐり争って失脚したのではないかとの観測を後押しする。

汎統一研究院選任研究委員は“北朝鮮では経済的利益をたくさん上げる会社を如何に多く所有しているのかが権力の尺度になった”として“経済的利権を掌握した張副委員長と軍部間の葛藤が激しかったこと”と話した。

北朝鮮・張氏側近が韓国に亡命要請、資金管理を担当=報道

いろいろと報道が出ているが、どこまで本当なのかまだ分からない。


ソウル 6日 ロイター] -韓国のYTN(聯合通信TVニュース)は6日、北朝鮮の事実上ナンバー2とされていた張成沢(チャン・ソンテク)氏の側近が、韓国に亡命を求めていると報じた。張氏をめぐっては、韓国の国家情報院(NIS)が失脚したと発表している。
YTNは関係筋の話として、韓国に亡命を求めたのは張氏の資金を管理していた人物で、現在は韓国当局者の保護の下、中国に滞在していると伝えた。亡命申請は約2カ月前に行ったという。韓国統一省は亡命の事実は確認できていないとしている。
張氏は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の叔父で、正恩氏の事実上の後見役とされていた。NISは今週、張氏が国防委員会副委員長および労働党部長ポストを解任され、張氏の側近2人が先月に処刑されたと発表した。解任時期は11月末とみられる。

2013年12月4日水曜日

張成沢国防副委員長失脚の波紋 分析

張成沢失脚はまだ「説」ではあるが、金正恩の権力固めに伴い、いつかは起きると思われていた。
韓国の報道を読み込んで私なりに分析してみた。


ポイントは以下の通り
●失脚は韓国政府が慎重に裏つけしており、信憑性が高い
●背景は諸説有り、不明
●軍部の台頭や経済開放の後退といった悪影響を心配する専門家が多い
●ただ復活もありうる

.事実関係はこうだ。

金正恩第1書記の叔父、失脚か…韓国情報院が国会報告
 韓国情報機関の国家情報院は3日、北朝鮮の金正恩第1書記の叔父である張成沢国防副委員長が失脚した可能性が高いと国会に報告した。
 共同電によると張氏の最側近2人が11月下旬、公開処刑されたことが確認され、その後、張氏が姿を消したとしている。北朝鮮側は公式発表していない。事実上のNo・2の失脚が事実とすれば、北朝鮮指導部の権力構造に大きな変化が起きることになる。張氏は11月6日、訪朝したアントニオ猪木参院議員と会談した。

..肩書き

朝鮮労働党政治局委員、国防委副委員長、党中央委員、中央軍事委員会委員、行政部部长兼中央指導部第一副部長

.確認は先月末

先月末確認後朴大統領に見て…大統領府-関連部署背景-波紋分析
韓国政府は張成沢北朝鮮国防委員会副委員長の失脚と側近処刑がなされた後、先月末こういう情報を確認して北朝鮮内部状況を鋭意注視してきたと知らされた。
政府高位関係者は3日“処刑後いくらならない時点の先月末関連情報を入手して、事実関係を確認した”と明らかにした。

こういう事実は直ちに朴槿恵大統領と大統領府に報告されたし、大統領府と国家情報院統一部国防部など関連部署は張副委員長失脚と側近処刑の背景を分析する一方北朝鮮権力指導部の異常兆候有無などを把握してきたと伝えられた。

1日開かれた国家安保政策調整会議でも防空識別区域拡大およびフィリピン派兵問題と一緒にこの問題に対する議論があったことと見られる。

政府関係者は“張副委員長の粛清と側近処刑以前から張副委員長がパワーゲームで押されたか身辺に異常があるという兆候がずっと捉えられてきた”と伝えた。

..随行回数の激減

NYタイムズは“チェ竜ヘが張成沢の人と知らされたが今年に入り金正恩を伴った回数で張成沢を先んじた”としながら“金正恩と共に公式席上に見られる官僚は確実な信任を受けているという信号”と付け加えた。
昨年張成沢は金正恩と共に公式席上で106回登場したが今年は52回で半分以下で急減した。
張成沢が金正恩と共に出てきたことは10月10日労働党創建日行事が最後であったし11月6日日本のアントニオ、猪木議員に会った以後では公式席上で完全に消えた。

..所在不明

タイムズは北朝鮮媒体が張成沢の運命に対する一切の報道をしないでいながら、権力の全面だけで消えたことか、監禁されたのかは不透明だと伝えた。

..張失脚TVカメラの前で発表、なぜ?

国会情報委員会民主党幹事のチョン・チョンレ議員が3日金正恩北朝鮮労働党第1秘書の叔母の夫の張成沢国防委員会副委員長が失脚したと見られるという国家情報院の報告をTV前で直接発表したのを置いてうわさが出てきている。

金正恩後見の役割をしながら、核心権力を握ってきたと評価される張成沢の失脚は北朝鮮核心権力構図の大変化を予告する重大な懸案なのに情報委野党幹事があたかも政府を代表して、関連事実を発表するような姿になったためだ。

チョン議員はこの日午後5時3分国会政論観で緊急記者会見を行った。
彼は“午後4時40分頃国家情報院幹部が北朝鮮動向と関連して重大なことが行われたので緊急対面報告する内容がいるといってみるのかを受けた”としながら説明した。

...崔竜海との権力闘争説はいまのところ不明

彼は引き続き“大学教授に問い合わせをしてみたところ北朝鮮崔竜海(軍総政治局長)との権力闘争で押されたようだといった”という内容まで付け加えた。
それと共に“国家情報院として北朝鮮が深刻な状況というものを私を通して知らせたかったかより”と説明した。
だがすでに国家情報院はチョン議員の記者会見以前の午後4時57分に出入記者らに関連事実を知るだろうは状態であった。
セヌリ党はあわてた。
情報委関連懸案は与野幹事が協議して、発表するのが慣例だ。
これに同じ時間帯の4時半にチョン議員とは別途に国家情報院報告を受けた与党幹事のチョ・ウォンジン議員は午後5時50分頃あたふたと別途の記者会見を行うハプニングが行われた。
チョ議員は“とにかく与野幹事が共に発表すればもようが良かっただろう。
惜しい”と迂回的にチョン議員を批判した。
セヌリ党所属の瑞相期情報委員長も“状況がかなり重大だから慎重にするべきであった”と指摘した。

..労働新聞社説の意味

 “潜在的な権力競争者になることと判断した金正恩が張成沢の広範囲なネットワークを弱化させるのに力を傾けたこと”としながら労働新聞が先月30日“この世最後まで従おう”として金正恩の唯一指導を促す社説をのせたことが注目を集めている。
張成沢の没落は去る4月国家保衛部長になった金ウォンホンと人民軍総政治局長崔竜年人民軍総政治局長によったと分析されている。

..内部での異常発生の情報はない

大統領府は4日午前金ジャンス国家安保室長主宰で開く国家安保室と外交安保首席室の定例状況点検会議で対応策を議論する予定だ。
韓国政府は3日現在まで北朝鮮体制が揺れたり権力指導部内部に異常が発生した兆候は捉えられないことに把握した。

..張の権力拡大を恐れる?

政府のある関係者は“北朝鮮が張副委員長の失脚で揺れる体制ではない”と話した。
政府外交安保ライン核心関係者は“金正恩労働党第1秘書が自身の叔母の夫で後見人の張副委員長の権力が過度に大きくなって、自身の権力を威嚇すると判断して、これを牽制するために直接粛清を決心したと分析される”として“張副委員長粛清以外に北朝鮮権力内部で別途の他の事件が発生したようではない”と話した。

.腐敗だけが原因ではない

これと関連して、世宗研究所チョン・ソンチャン首席研究委員は“張成沢の側近らが単純に腐敗だけで処刑されたと見ない。
権力と関連した問題であること”と話した。
これは張成沢が‘事実上のナンバー2’であることがなかったという意味で今後北朝鮮軍部と党のエリートらは金正恩に忠誠心をより一層強く立証しようとすることだと展望した。

..崔竜海との葛藤

ゴス局長は万一張成沢の失脚説が事実ならばこれは金正恩の権力強固化のための張成沢押し出す可能性とまた他の金正恩の最側近要人の崔竜年と張成沢の権力闘争で崔竜海が勝利したという仮説、またはこの二つの複合的な結果であることもあると推定しました。
反面金正恩の直接的な介入なしで張成沢が失脚したとすればこれは現在北朝鮮の権力構図が非常に不安定だという意味でもあると彼は指摘しました。

..復権はないのか?

複数の専門家は過去の事例から照らして、また政権の核心に復帰する可能性があると展望している。

.妻、金敬姫の現状は?

金正恩労働党第1秘書の叔母の金敬姫が危篤なのではないかという推定は繰り返し出てきた。
80日以上公式席上に登場しないでいるためだ。
金敬姫危篤説は昨年9月末にも一回登場した
当時には1ヶ月ほど公式席上に現れないのが原因だった。
ところで今度は80日以上姿を見せないでいる。
また一度金敬姫危篤説が提起される理由だ。
朝鮮日報は今年‘北朝鮮内部事情に明るい対北朝鮮消息筋’を引用して"2009年6月再起以後金敬姫の空白がこのように長期化したことはなかった"として"普段の色々な持病を病む金敬姫が危篤な状態である可能性がある"とで報道した。

..金敬姫の健康状態は

今年67才の金敬姫は腰病と高脂血症、そして糖尿病などを抱えていると分かった。

..金敬姫の現状、把握できず

政府は張副委員長と張副委員長の夫人で金正恩の叔母の金敬姫の身辺が現在どんな状態なのかは把握できないと知らされた。

..南北関係停滞と影響?

何より政府は北朝鮮の改革・開放が必要だという立場を堅持した‘穏健派’である張副委員長の失脚が南北関係に及ぼす影響を鋭意注視しながら、対応策を用意している。

張副委員長の粛清を前後して、北朝鮮軍部と強硬派が勢力を伸ばす過程で最近南北関係が不通になった可能性にも注目している。

外交安保ラインのある関係者は“北朝鮮に改革・開放が必要だという立場を持ったと知らされていて南北対話にも役割をしたと知らされた張副委員長が失脚したことは今後南北関係に否定的な影響をおよぼすことと憂慮される”と話した。

政府は最悪の場合金正恩が体制結束のために対南挑発を敢行する憂慮もあるとみている。
最近また出口を開き始めた開城工業団地3通(通行、通信、通関)問題に対する南北協議と政府が北朝鮮に繰り返し促してきた離散家族対面に悪影響をおよぼす可能性も提起される。

.動揺はない

まず、金敬姫の死亡が大きい変化の要素にならないと思うという展望がある。
なぜならば金敬姫は北朝鮮の重要懸案を直接関わってきた人物でなく、北朝鮮の政治体制はすでに金正恩中心にその枠組みが安定化されている状態であるためだとソウル大平和統一研究院の張ヨンソク専任研究員は説明する。

張ヨンソク:金正恩政権がスタートして1年しかならなかったけれど金正日前国防委員長生前から権力継承を準備してきたし、そのような点で金正恩中心の対内外政策推進システムが構築されている状況だと見れば、金敬姫秘書が死亡するといっても結果的に北朝鮮の対内外政策推進に決定的に否定的な影響を及ぼさないことと予想する。

..権力が固まれば、南北対話も

関係者は“金正恩が周辺実力者らに対する粛清を通して、自身の権力を強固化する過程という側面で見れば権力を握り締めた金正恩が安定した権力を土台に南北対話に出てくる可能性も排除できない”と話した。

..金正恩の権力は強固

アンカー:米国専門家たちは今回の張成沢失脚説が事実ならばこれは北朝鮮指導者金正恩の権力基盤がすでに非常に強固な状態であることを反映すると分析しました。
RFAヤン・ソンウォン記者がお伝えします。

米国トプツ(Tufts)大学の北朝鮮専門家のイ・ソンユン教授は3日自由アジア放送(RFA)に全体主義社会で権力2人者は常に粛清あるいは牽制対象になったりしたとして今回の張成沢失脚説もこういう背景で理解することができると説明した。

それと共に張成沢側近の処刑と彼の失脚説が事実ならばこれはすでに強固な権力基盤を持った金正恩が政権を完全に掌握した状況が反映されると推定した。

イ・ソンユン教授:今回叔母の夫を粛清したとすれば、金正恩体制が今まで不安だったが今回のことを契機に権力が強固になったというよりは金正恩がすでに執権を確実にしたし思いのままに権力を振り回せる状況を見せるまた他の例と見る。
米国ハーバード大学校のジョン、パク専任研究員も張成沢失脚説が事実で判明したらこれは金正恩政権が外部で考えることよりさらに安定的でかたい(well-established)権力を手にしたと暗示していると話した。

ジョン、パク研究員:万一張成沢の失脚が金正恩権力強固化過程の完結版ならばこれは金正恩が年を召した後見人の影響力から抜け出して、自身が願う方向で北朝鮮政権を思うままにできるようになったという点を意味します。

.動揺はある

..軍の台頭不可避の見方

張成沢の失脚が南北関係に及ぼす余波に対しては否定的な評価が高い。
彼が北朝鮮内で長い間南北関係を取り扱ったいくつもならない最高位級要人という点からだ。
チョン・セヒョン前統一部長官は3日"南北関係改善のために張成沢は北朝鮮権力核心に位置するのが良い"と断言した。

張成沢は朴槿恵大統領とも縁がある。

彼は2002年5月朴大統領が当時ヨーロッパ・コリア財団理事資格で北朝鮮を訪問した時、面談した北朝鮮高位要人の中で唯一生存している人物だ。

彼は当時労働党中央委員会第1部部長名刺を付けて北朝鮮2次経済視察団院資格で韓国を訪問したこともある。

韓国の経済システムを体得したこの時の経験は後日金正日政権の経済政策樹立はもちろん、現在進行形の金正恩国防委員会第1委員長の経済改革措置に相当な影響力を及ぼしたと伝えられた。

..南北経済への悪影響

それで専門家たちは南北関係中でも特に経済協力後退を憂慮する。
チョ・ポンヒョンIBK企業銀行経済研究所研究委員は"南北間経済協力活性化を念頭に置いて改革・開放ドライブをかけていた張成沢構想が座礁した"と評価した。
張ヨンソク ソウル大統一平和研究員専任研究員も"北朝鮮対外開放の求心点の張成沢路線に対する組織的攻撃"としながら"路線闘争の信号弾になることができる"と話した。
金第1委員長が体制結束内地局面転換用で張成沢去就を利用した場合にも南北関係には険しい道が予想される。

..韓国挑発も

ヤンムジン北朝鮮大学院対教授は"過去パターンで見る時、北朝鮮は体制が不安になれば間違いなく対南挑発を繰り返す形態を見せてきた"と話した。
現在連日権力機関と各種社会団体を動員して、対南扇動に熱を上げる北朝鮮の挑発程度が一層高くなりえるという話だ。
政府当局者は"現在では懸案自体を置いて価値判断を下しにくい状態"として"ただし張成沢が軍部で代表される強硬派の威勢に押さえられて退いたとすれば否定的信号であることだけは明らかだ"と話した。

..北朝鮮情勢に激変ある

英国BBC放送もオンライン版で‘北朝鮮の実力者が失脚した’という題の記事を伝えながら“金正恩体制スタート以後最も大きい政治的激変期”を経るのではないかと分析した。
フランスAFP通信や香港のサウスモーニングポストなども張成沢副委員長が北朝鮮内部権力闘争で押し出された可能性などを観測しながら、北朝鮮軍部動向などが今後変化の要素になると展望した。

..北朝鮮経済に与える影響は?

特にジョン・パク研究員は張成沢が北朝鮮政権内でいくつもならない代表的な資金調達策に選ばれると言いながら万一失脚した彼の後任が正しく資金を調達できないならばこれによって北朝鮮政権の基盤まで揺れることができると見通しました。

去る4月経済官僚のパク・ポンジュが経済全般を管掌する内閣総理に上がりながら、張成沢が北朝鮮の経済開放を主導することと予測された。

張成沢は昨年中国を訪問、国境地帯2ケ所を自由経済地域で作るのを議論することもした。

NYタイムズは“張成沢夫婦は2008年金正日が脳卒中で健康が悪化した後隠遁の王国で権力行方の鍵を握っている人物に浮上した”としながら“2011年末金正日事後、彼らはおいが労働党と軍部、閣僚の44%を交替するなど権力の座を強固にするのを助けた”と紹介した。

..忠誠競争が始まる

ニューヨークタイムズは3日インターネット版トップ記事で張成沢の失脚説と側近2人の公開処刑を報道しながら"北朝鮮の金氏一家はただひとりの最高指導者に権力が集中するシステムを構築してきた"としながら"今年30才の金正恩は去る2年間お父さん時代の忠実な部下らを差し置いて軍部と党の新しいエリートらを布陣させながら、最高指導者で早く権力基盤を固めた"と評価した。
北朝鮮専門家たちは今後軍部と党のエリートらが最高指導者に対する忠誠競争をするようになるだろうと展望した。

タイムズは“北朝鮮の金氏一家はただひとりの最高指導者に権力が集中するシステムを構築してきた”としながら“張成沢をはじめとする権力エリートらは単に金正恩の操縦範囲内に入っている”と報道した..
新聞は“今年30才の金正恩は去る2年間お父さん時代の忠実な部下らを差し置いて自身に忠誠できる軍部と党の新しいエリートらを布陣させながら、最高指導者で早く権力基盤を固めた”と評価した。
引き続き“金正恩はたびたび解雇や降格を通して、忠誠心を試験して隠密な情報を収集しながら、自身のお父さんから受けたリーダーシップと違ったテクニックを駆使した”と付け加えた。

.中国の反応


北朝鮮張成沢国防委員会副委員長の失脚と側近2人の公開処刑説に対して海外でも大いなる関心を傾けた。
中国、北京外交家は3日北朝鮮張成沢国防委員会副委員長が失脚と側近2人の公開処刑説はだいぶ根拠があることだと評価した。

特に一部消息筋らは北朝鮮で張成沢失脚および側近2人の公開処刑と関連した情報と動きがあったことに伝えられたとして張成沢側近の公開処刑説はほとんど確実なことに把握されると観測することもした。
だが中国の人民日報でもCCTVなど官営媒体らは‘張成沢失脚’と関連したニュースをほとんど伝えないでいる。

 

..日本は

拉致問題に対する影響は今のところ不明。張氏は日本側との窓口の一つとなっており、北朝鮮内部で強硬派が台頭すれば、日朝交渉は難しくなる。日本版NSCが開催されるので、そこでの大きな話題となるだろう。日本側は情報を把握できていなかったようだ。韓国からの通報もなかったと思われる。皮肉めいているが、北朝鮮内部で動揺があれば、争っている場合ではないので,日中、日韓関係は小康状態になるかもしれない。

cnn

http://edition.cnn.com/2013/12/03/world/north-korea-upheaval/index.html?hpt=wo_c2

2013年12月2日月曜日

韓国の憲法裁判所とは

韓国の憲法裁判所が政治に与える影響は、日本では考えられないほど大きい。

現在は左翼政党の解散問題がテーマとなっている。

他にもたくさんの重要な判決が出されている。

http://www.ccourt.go.kr/home/main/index.jsp?param=web

日本でも2冊の本が出ている。

http://www.amazon.co.jp/%E6%86%B2%E6%B3%95%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E2%80%95%E9%9F%93%E5%9B%BD%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B-%E6%9D%8E-%E7%AF%84%E4%BF%8A/dp/4817839929/ref=lh_ni_t?ie=UTF8&psc=1&smid=A23HX1VKHZ7GQ4

http://www.amazon.co.jp/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E2%80%95%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%9F%E9%81%95%E6%86%B2%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%83%BB%E6%86%B2%E6%B3%95%E4%B8%8D%E5%90%88%E8%87%B4%E5%88%A4%E6%B1%BA-%E9%87%8D%E8%A6%81%E5%88%A4%E4%BE%8B44-%E5%9C%A8%E6%97%A5%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E5%8D%94%E4%BC%9A/dp/481783899X

最近の判決では、私立学校の運営をめぐるものが出たようだ。

http://www.chogabje.com/board/column/view.asp?C_IDX=53790&C_CC=BC

不安な憲裁裁判官


必死に飛びかかるものには、必死に対抗するのが最善ということを政府は肝に銘じなければならない。
個人的に大きいお金を持っていきながら企業体を運営するのに,お金一銭も補わない外部人らが入ってきて,意志決定におせっかい(口出し)したら正しいこと違う。

しかもこの外部人らが,誤って,企業がほろびた時,金銭的損失を抱え込まなければならない他の人々とは違って,義務や責任は全く抱くようになりながらただ口出しする権利だけ享受するだけならば,よりさらに不当なこともないもようする。
ところで,こういう不当なことを合憲だと憲法裁判所が昨日判定した。
それも'8対1'という気大変な大きいスコア差で。

当事者や彼が許諾した利害関係者らが行使しなければならない大切な'財産権'を,何の関係もない者らが割り込んで,共に行使しようと思うのがいわゆる話す改正された私学法による'私立学校開放型理事制'だ。

7人以上で構成される私立学校理事メンバーの4分の1以上を強制的に外部人に出してくれなければならない制度は,自由民主主義市場経済体制を選んだ国家ならばあってはいけない制度なのに今回憲法裁判所がこういう判定をしたという点は真に衝撃的だ。

'教育の公共性'と'腐敗の事前予防'を考慮しておりた判定というようだが,それなら憲法裁判所裁判官という法の専門家でも私たちの一般らの間には何の差異点があることなのかはなはだ疑問だ。

社会に及ぼす影響が大きいこのような懸案に,法の最後砦で高度な専門性を見せなければならない彼ら裁判官らの判定というものがせいぜい,一般から出るとみられそうである'国民感情法'的思考を土台にしたことに過ぎない水準という事実がよく現れている。

資本主義の根幹としていかなる概念より優位になければならない'財産権'が,これに比べて,相対的に枝葉に該当する'公共性','腐敗予防'などの概念にミリはこのような現象は真に憂慮される点だと見ることができる。

このような形の枝葉的情緒がさらに極端で流れれば結局到達するようになる終着駅は直ちに'社会主義'ないし'共産主義'だ。

腐敗した私学は既存の法によってもいくらでも治められることなのにこのような違憲的な私学法が作られた背景は,持った者を憎しみとその持ったものを奪おうと思う左翼特有のその本性で起因すると見られる。

この法が盧武鉉政権の時に作られた事実はこれをよく言ってくれる。

暗鬱なのは理由は,親北朝鮮左翼政権が退いてもう新しい時代がきたと思ったのに、その間左で傾いた思考や行動が広がっていた。

特に,時々各分野のリーダーらがむしろ一般よりその復原力が落ちるような姿を見せているのは真に憂慮されるところだ。

法を守護する最後の砦で私たちの社会の最上部リーダーの一部の憲法裁判所の裁判官らが今この時代にこのような判定を下すという点でより一層そうである。

ケースはたくさん違うが'政党解散請願'に対する判定もまた彼ら裁判官が出す。

このように,政権は変わったがその間'親北朝鮮左翼'という毒素で染めて形成されたあらゆる誤った思考と行動らから完全に脱皮するということはなかなか難しい問題でないようだ。

親北朝鮮左翼を完全に清算するということは,禁煙中に出る時現れる禁断現象のようなものまでもみな勝ち抜かなければならない容易ではないようだ。

政府は,世の中変わったのも無視しながら,相変らず現在進行形でばっこしている随所の親北朝鮮左翼勢力を完全に清算するために当初考えたことよりさらに力を使う覚悟で臨まなければならないだろうと見る。

 

憲法裁判所には基本的に権限が5つある。以下は日本の民団新聞サイトよりもらってきた文章である。

 政党解散審判は、違憲法律・憲法請願・権限争議・弾劾の審判とならぶ憲法裁判所の5大権限の一つで、民主的基本秩序に反する政党を強制的に解散させる制度だ。

 憲法の規定により、解散審判請求人は大韓民国政府、代表者は法律上、法務部長官が務める。政府は今回、鄭 原国務総理主宰の閣議を開いて「違憲政党解散審判請求の件」を審議・議決し、欧州を歴訪中の朴槿恵大統領の電子決済を経て憲法裁に提出した。

 憲法裁は一般的な事案であれば、主審裁判官を抽選で無作為に決定し、書面審理を原則とする。今事案はその重大性にかんがみ、裁判所長と裁判官の合議によって主審を決定し、審理も口頭弁論で行う。

 統進党の綱領や政策、党首と幹部の演説、出版物の内容、政党名義による活動、党首や幹部・党員らの活動実体を検討する。審理の結果、統進党の目的または活動が憲法の定めた民主的基本秩序に反すると裁判官9人中6人が認定すれば、解散が決定される。

 9人の裁判官は、大統領が3人、国会が3人、大法院院長が3人をそれぞれ指名、国会の同意を得て大統領が任命する。

 憲法裁は180日以内に審判を下すことになっているが、これは必ず守るべき強制規定ではなく、遅延することもあり得る。だが、処理が遅れることによって国や自治体に重大な損失を与えるか、社会に不必要な消耗を強いる可能性がある場合、あるいは利害関係者が多く国民的な関心が高いケースについては、「適時処理」の内部規定によって迅速処理を原則とする。本事案はその「適時処理」の対象だ。

 統進党には11年12月の結成以降、政党補助金や選挙補助金として血税100億ウォンが投入されてきた。強制解散されない限り、例え李石基議員の有罪が確定して国会から除名されても、統進党は公費で活動でき、所属議員の議員身分もそのまま維持できる。来年6月4日には第6回全国同時地方選挙があり、現状のままでは統進党も候補者を立てられる。混乱を避けるためにも可能な限り迅速に処理される展望という。

 政府は同党所属議員の議員資格喪失宣告請求も行った。憲法学者の間では解散決定が下された場合、その政党所属議員は全員議員資格を失うとの見解がある一方、比例代表議員はそれに該当するが、地域区選出議員は職を維持できるとの見方もある。この件について政府は、明文規定はなくとも、解散政党の所属議員は議員職を自動的に喪失するのが違憲政党解散制度の趣旨に適合するとの解釈だ。

(2013.11.20 民団新聞)

 

日本で関心が持たれたのは、慰安婦問題での判決がきっかけだった。

http://wam-peace.org/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E3%80%8C%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E3%80%8D%E5%85%A8%E6%96%87%EF%BC%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A8%B3%EF%BC%89/

日本語でまとまったものはネットで以下のような論文があった。

http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2011/pdf/114_ch1.pdf

2013年11月25日月曜日

モンゴル大統領の演説 RFAとモンゴル政府のサイトから拾いました。

[人権、人権、人権]モンゴル大統領、金日成総合大学で演説

2013-11-19
北朝鮮を訪問中のチャヒヤ エルベクトルジ モンゴル大統領と一行が先月31日平壌(ピョンヤン)金日成総合大学を訪ねたと朝鮮中央通信が報道した。
MC:すべての人は‘人間らしい人生’を享受する権利を持って生まれます。

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人権の概念は時代、国、社会により違いが生じられるが、その誰も人権の大切さを否認することはできません。

世界各所でますます多くの人が'人権'を話している理由です。
だが‘人権’という単語がいくらたくさん使われるといっても人生で人権が直ちに実践されるのではありません。

 

本当に人権が尊重受ける世の中を実現しようとするなら言葉だけでなく人権を保護して実践しようとする意志と行動が従うべきです。

今日は一歩遅れて明らかになったチャヒヤ エルベクトルジ モンゴル大統領の金日成総合大学演説内容をのぞいて見ます。

(朝鮮中央TV) (エルベクトルジ モンゴル大統領は)二国の間の親善関係がより一層拡大発展されるだろうという確信を表明しました。
北朝鮮朝鮮中央TVはたった今お聞きになったように11月1日チャヒヤ エルベクトルジ モンゴル大統領が北朝鮮訪問日程最後の日の先月31日金日成総合大学教を訪問して、演説したと少し短く報道しました。

朝鮮中央TVをはじめとして、朝鮮中央通信など北朝鮮媒体はモンゴルの政治、経済、歴史、文化などに対して言及したとだけ紹介しました。
具体的な内容は全く明らかにしなかったです。

だが、モンゴル大統領室が最近ホームページに公開した演説文は北朝鮮側発表とは全く違いました。

エルベクトルジ大統領は演説で自由と人権をとりわけ強調しました。
エルベクトルジ大統領の話です。

(チャヒル エルベクトルジ)暴政は持続することができません。
自由に生きるということは人間の欲望であり、これは永遠の力です。

エルベクトルジ大統領は引き続き“自由はすべての個人が自身の発展機会を発見して実現するようにしながら、これは人間社会を進歩と繁栄に率いる"と何回強調しました。
進んで“他人の選択によって、生きる人生が甘くても、使うが自ら自身の人生を選択しながら住むのがより良い‘増えたモンゴルことわざも紹介しました。

エルベクトルジ大統領は特にモンゴルは表現の自由と集会の権利、個人が自身の人生を自ら選択する権利を貴重に感じていると説明しました。

エルベクトルジ大統領はこういう努力の一環で死刑制度を撤廃した事実を強調しました。
(チャヒル エルベクトルジ) 2009年6月以後モンゴルは死刑制度を廃止しました。

私たちは死刑制度の完全な廃止を支持します。

モンゴルと別に、北朝鮮は現在死刑制度を維持しながら、2012年にも死刑を実際に執行しました。
北脱出者証言と信頼するほどの報告書によれば、1950年代以後数千件以上の死刑執行があったし、特に1990年代と2000年代に多くの数が執行されました。

2010年以後にだけ数十人以上が死刑されたことが把握されています。

北朝鮮の極端な情報制限でこの数値は実際よりさらに小さいものと推定されます。

エルベクトルジ大統領のこのような発言は過去経歴と関係がなくはありません。

エルベクトルジ大統領は去る1990年に始まったモンゴルの民主化運動を通して、75年歴史の共産党独裁体制を押し倒すのに主導的役割をしました。

エルベクトルジ大統領が去る2009年モンゴルの首都ウランバートルで自由アジア放送と単独会見でした話、しばらく聞いてみてください。

(チャヒル エルベクトルジ)モンゴル国民は永らく自由を熱望してきました。
その結果20余年前民主主義と市場経済という偉大な選択をしました。

自由とは自ずから成長するのではありません。
自由とは幼い赤ん坊と同じです。

両親は毎朝赤ん坊のおむつを取り替えながら関心を見せます。
同じように国民は政府の運用体系と政府官吏の業務一つ一つに関心を傾けなければなりません。

エルベクトルジ大統領はこれとともに今回の平壌演説でモンゴルの司法改革努力を紹介しました。
エルベクトルジ大統領は“腐敗が国家発展に致命的だったこと"としながら"モンゴルは腐敗に対する非寛容政策を施行しようと努力している"と話しました。

これと関連して、北朝鮮は国際透明性機構が去る12月に発表した腐敗認識指数順位で最下位の174位を記録したことがあります。

腐敗認識指数は公職社会と政界など公共部門に腐敗がどれくらい存在するのかに対する認識程度を評価した指標です。

先立って、エルベクトルジ大統領はキム・ジョンウン国防委員会第1委員長の執権後外国首脳では初めて先月末北朝鮮を訪問しました。
エルベクトルジ大統領は3泊4日北朝鮮訪問期間にパク・ポンジュ総理をはじめとする高位官僚らは会ったが、キム・ジョンウン第1委員長は会えないままモンゴルに帰りました。
一方、動画を見れば約15分間続いたエルベクトルジ大統領の演説直後質問した人は誰もいなかったです。

しかしエルベクトルジ大統領が演説長を離れる時聴衆は席から立って、永らく拍手しました。

[送迎台]モンゴル大統領の金日成大講演
平和問題研究所常任顧問
2013-11-20
先月末北朝鮮を訪問した‘エルベーグドルジ’モンゴル大統領の平壌金日成総合大学講演内容が国際社会の関心を引いています。
最近モンゴル大統領室ホームページが公開した資料によれば‘エルベーグ道路紙’大統領は先月31日金日成大学講演で次の通り話しました。

“暴政は永遠に続かない。


すべての人は自由な人生を熱望する、これは永遠の力だ。
自由はすべての個人が自身の発電機会を発見して実現するようにしながら、これは人間社会を進歩と繁栄に率いる。
モンゴルは表現の自由、結社の自由を尊重して法治主義を支持しながら、開放政策を追求する。
モンゴルは2009年死刑制度を廃止した。

またモンゴルは21年前自ら非核地帯を宣言したし国連安保理もこれを確認した。”理想のようなモンゴル大統領の講演は一言で北朝鮮の民主化と開放化、そして非核化を促した発言と解釈されます。

世の中が皆知るように北朝鮮体制は首領独裁体制であり、労働党一党独裁体制で全体主義社会です。
これに伴い表現・移動・結社・宗教の自由など基本権が保障されないで顧問、銃殺、政治犯収容所設置など人権弾圧が最悪の状態に置かれている国です。

特にキム・ジョンウン政権スタート後統制力を強化するための手段で国家がより一層暴力的になったし、これによって住民たちが恐怖政治の下で不安を感じている実情です。

北朝鮮は最高統治規範の‘唯一思想10代原則’を改正して、キム・ジョンウンに対する絶対服従を明文化するなど一人独裁体制を駆逐艦はもちろんキム・ジョンウンに対する偶像化作業まで強要しています。

またキム・ジョンウンは“共和国内に針落ちる声まで徹底して掌握しなさい”と指示することによって住民監視を強化していて北脱出者らに対する無条件射殺命令を下すことによって、恐怖社会に追い込んでいます。
だけでなく核兵器材料のプルトニウムと高濃縮ウラニウムを生産するために去る8月核施設が集中した寧辺の5MW級原子炉を再稼働したし、ほぼ同じ時期に核兵器運搬能力向上のために平安北道東倉里で長距離ミサイル エンジン実験をしました。

このような状況で英国‘エコノミスト誌’研究所が2012年世界167ケ国の民主主義指数を発表しながら、韓国は完全な民主主義国家群に含めたが北朝鮮は世界最下位の167位に分類しました。

国連人権理事会は去る3月21日、北朝鮮を人権弾圧国横規定、人権改善のための調査委員会まで構成して、現在広範囲な調査活動を繰り広げているのに北朝鮮で全面的な人権侵害がなされているという中間評価を最近出したりもしました。

国際キリスト教布教団体の‘オープン ドア’は毎年全世界キリスト教徒らに対する差別と迫害を調べて、発表してきているのに、今年キム・ジョンウン政権を世界最悪のキリスト教弾圧国だと目星をつけました。

国連安保理は北朝鮮の核開発阻止のために対北朝鮮制裁を加えています。
このような状況でモンゴル大統領の講演は暴政、独裁、弾圧、核開発を継続しているキム・ジョンウン政権に向かった国際社会の憂慮と警告を代弁したものといえます。

すなわち永遠の独裁と暴政はありえなくて、独裁者の話ではみじめに終わりながら、自由だけがすべての人や国家発展の原動力になるという歴史的真理を悟るメッセージだったといいます。

THE OFFICE OF THE PRESIDENT OF MONGOLIA, PUBLIC RELATIONS & COMMUNICATIONS DIVISION
www.president.mn
2013-10-30

LECTURE BY PRESIDENT TSAKHIAGIIN ELBEGDORJ AT KIM IL SUNG UNIVERSITY, NORTH KOREA

President of Mongolia Tsakhiagiin Elbegdorj visited the Kim Il Sung University on the day he concluded his State Visit to the DPRK. The Mongolian Presidentdelivered a lecture to scholars, professors and students of the University. Below is the English translation of the full text of the lecture.

Tsakhiagiin ELBEGDORJ: It Is the Human Desire to Live Free That Is an Eternal Power.

Pyongyang     Kim Il Sung University

I convey my sincere greetings to the scholars, professors and students of the Kim Il Sung University.
I am delighted to have this historic opportunity to visit the Kim Il Sung University and speak about Mongolia’s foreign policy and the relations between Mongolia and the Democratic People’s Republic of Korea.

Briefly, from history…

Mongolia is a peace-loving, independent, open country conducting multi-pillar foreign policy. The policies of the Mongolian Statehood have centuries-long traditions. As many of you know, in the 13-14th centuries Mongols had built the greatest empire on earth. In those times, Mongol Empire crafted its policies and governed by a written law, and the law was called “Ikh Zasag”. Back then, Mongols promoted free trade and ran open foreign policy.

Scholars note that it was precisely in the years of the Mongol Empire that the oriental and occidental worlds, Asia and Europe were genuinely connected. The Great Mongol Empire respected the people’s freedom of faith and freedom to create. The Empire ran very active policies toward Asia, Europe and Middle East. These were the Mongol envoys, messengers and diplomats that embodied and moulded diplomatic immunity in the true sense of the word. You may have also heard that for foreign missions Mongol envoys and diplomats were given golden, silver, copper, brass and woodenGerege -plates that carried the Khaan’s decree affirming the immunity of the bearer of the Gerege and calling for his free passage and travel.
These were the times when Mongols strived to establish trusted relations and engage in talks with other countries with trust and confidence. I wish to note that the Great Mongol Empire never waged wars without a justifiable reason.
Being built and flourished cross centuries, the Great Mongol Empire had seen a collapse, disunity and decadence through centuries.
Modern Mongolia restored her freedom and independence in December 1911. Since proclaiming her freedom and independence Mongolia engaged in very active foreign policy. In 1961, Mongolia joined the United Nations Organization.

On the holistic nature of our foreign and domestic policies…

Any speech on Mongolia’s foreign policy will not be complete without noting some crucial aspects of our domestic policy, for Mongolia’s foreign and domestic policies are entwined and holistic.

About Freedom…

Mongolia is a country respecting human rights and freedoms, upholding rule of law and pursuing open policies. Mongolia holds dear the fundamental human rights – freedom of expression, right to assembly and the right to live by his or her own choice.

I believe in the power of freedom. Freedom is an asset bestowed upon every single man and woman. Freedom enables every human to discover and realize his or her opportunities and chances for development. This leads a human society to progress and prosperity. Free people look for solutions in themselves. And those without freedom search for the sources of their miseries from outside. Mongols say, “better to live by your own choice however bitter it is, than to live by other’s choice, however sweet”.

No tyranny lasts for ever. It is the desire of the people to live free that is the eternal power.
In 1990 Mongolia made a dual political and economic transition, concurrently, without shattering a single window and shedding a single drop of blood. Let me draw just one example. Over twenty years ago, the sheer share of the private sector in Mongolia’s GDP was less than 10%, whereas today it accounts for over 80%. So, a free society is a path to go, a way to live, rather than a goal to accomplish.
Strengthening a free society and transitioning to it is not easy. It is a daily task, a gruelling mundane routine to clean our free society from ills and dirts, just like parents change the diapers of their babies every morning.

These days Mongolia ispaying a concerted attention to judicial reform. Corruption is a mortal enemy on our way to development. Mongolia strives to implement a policy of zero-tolerance to corruption.

We do not hide our shadow. Our mistakes and our lessons are open. Freedom is a system where one can make a mistake, and also learn from the mistake. The path a free and open society walks on is a learning process itself. I am a learning man as well. I was born to a herders’ family. I am the youngest of a couple with 8 sons. And I am very happy for the chance given by the free choice of my people, to serve the common interests of my people.

On lessons learnt, On Capital Punishment, Nuclear-Weapon Free Status, UN…

We have nothing to teach, nothing to preach, yet we have always been happy to share with the lessons we learned from our mistakes. Today Mongolia facesmany challenges and uneasy decisions. The principle we uphold in tackling those difficulties is being more open, more transparent, and with greater citizens’ participation.
Mongolia cherishes one’s right to life holding it for the supreme value. Since June 2009, Mongolia has fully stopped capital punishment. We stand for full abolishment of capital punishment.
Twenty one years ago, Mongolia declared herself a nuclear-weapon-free zone. The five permanent Member States of the UN Security Council have confirmed Mongolia’s status in writing. Mongolia prefers ensuring her security by political, diplomatic and economic means. As of today, Mongolia established and maintains diplomatic relations with 172 out of 193 UN Member States.

Mongolia pursues active policies in our region and in multilateral forums.

Mongolia - DPRK relations…

Now let me briefly speak about Mongolia and DPRK relations. The relations between the peoples of Mongolia and Korea date back centuries ago. During my current visit, I visited a historical monument – the Tomb of King Kongmin. I was deeply touched and impressed by the beautiful story of love, affection and respect between the King Kongmin, the King of Koryo, and his Mongol Queen.

And today, Mongolia and the DPRK maintain traditionally good relations. Our bilateral relations are the fruits of hard and hearty efforts of our honourable seniors.

We’ve never forsaken each other at the times of hardship…

Mongolia is the second country to establish diplomatic relations with the DPRK. On October 15, 1948 Mongolia and the DPRK signed an Agreement of Mutual Recognition. In early 1950s, in the heat of the Korean War, our two countries decided to establish respective Embassies in the two countries.

Mongolia’s First Ambassador to the DPRK was a renowned statesman of Mongolia, who served as the Chairman of the Presidium of the State Great Khural of Mongolia for many
years Mr.Jamsrangiin Sambuu. And during the War, when Ambassadors were urged to leave the country for security considerations, Ambassador Sambuu was the only Ambassador to stay behind in DPRK:”We are not that type of people who leave the friends behind. I will stay with comrade Kim Il Sung during these hard times”, said Ambassador Sambuu.

Leader Kim Il Sung visited Mongolia for the first time in 1956, during the post-war extensive construction and development works in DPRK. For the second time, he visited Mongolia in 1988. This year marks the 25th anniversary of that visit.

It is our duty to further enrich our relations, the foundation to which was laid down by ourrespectableseniors.Our two countries are good friends who didn’t forsake each other in the times of need and desperation. We are the people who even raised our orphan children together, who stood by each other with hands extended for help, and souls offered for solace. And I do believe that Mongolia and the DPRK will enrich our relations with new stories of shared success and happiness.

On Recent Developments…

In recent years, we have started seeing active reciprocation of high level visits between our two countries. We have in place the Mongolia-DPRK Intergovernmental consultative commission, which has reinvigorated its activities and is tackling many issues. Also we see that our public organizations, citizens, businesses have started actively engaging with each other. On this visit, there are many Mongolian businessmen wishing to do business with the DPRK. We also have with us Mongolian children - our junior soccer players.

I do believe that the economic relations between our two countries are consistent with the goal of leader Kim Jon-un to establish a “state with a powerful economy”. Mongolia has been striving to actively participate in strengthening security in Northeast Asia. Mongolia has proposed an initiative Ulaanbaatar Dialogue on Northeast Asia Security. This initiative aims at strengthening confidence and resolving issues through peaceful and diplomatic means in our region.

Today…

I wish to reiterate my sincere gratitude to the people and leaders of the DPRK for the warm hospitality accorded to me and my delegation on this visit. I have met with the leaders of your country and engaged in crucial talks and dialogues to invigorate our relations in political, economic, social, cultural, sports and humanitarian fields.
We unanimously agreed that expansion of relations in education sector, academic exchanges of scholars, students, and youth is vital for our bilateral cooperation. There are ample opportunities to exchange artists and athletes and engage in joint projects, and we shall support such efforts. I was so excited and happy to attend the opening of a soccer tournament of junior soccer-players of our two countries yesterday in front of 50-thousand fans and spectators in the stadium.

I am equally excited and rejoiced to have this opportunity to visit the Kim Il Sung University, speaking in front of you about Mongolia, and the relations between our two countries.
I know well that for any country, the intellectual repository of the nation – universities, their scholars and professors, students and youth – play an enormously important role in shaping and defining the fate, the life of the entire nation. I will always remember with delight and warmth this meeting of mine with you - the Korean youth, the future of your country.

I do believe in the vigour of mind, creativity and energy of the youth. The leader of the DPRK Kim Jon-un is also a young man. I do believe that you have all what it takes to lead the Korean people to a happy and prosperous future. And with this, I sincerely wish success in all your future endeavours.
I would be happy to respond to any questions that you might entertain. Thank you.

Notes:

•    No questions were asked, but the audience of professors and students offered a lengthy applause until the President left the audience.
•    The topic of the lecture was proposed by the DPRK side. President was advised not to use the words “democracy, market economy” in his lecture.
•    President Elbegdorj is the first foreign Head of State to read a lecture on this topic at the Kim Il Sung University.
October 31, 2013

2013年11月20日水曜日

安倍外交と中韓関係をテーマにレジュメ

このテーマでお話をしました。

preziというフラッシュによるプレゼンテーションソフトで説明しました。

ウェブ上で見られます。

多少ぐるぐる目が回ります。

http://prezi.com/wuhlxegk9r-k/presentation/

朝鮮経済開発協会とは

北朝鮮のウェブサイトに掲載された組織、日本のメディアの取材にも応じている。

 

【平壌10月16日発朝鮮中央通信】朝鮮経済開発協会が組織されて活動を始めた。
   同協会は、他国の企業と団体が朝鮮の特殊経済地帯についてよく知るようにし、その進出を協力する民間級の団体である。
   朝鮮の特殊経済地帯の開発に役立つ投資討論会、相談会、展示会、経済情報の交流、諮問サービス、政府の委任による投資合意、投資家の企業活動援助など、多様なサービスを提供する。
   同協会は今後、朝鮮の特殊経済地帯の開発に関心を持ったり、投資に参加する各国の経済界と企業界、学界の広範な人士の利益を図るためにその役割を絶え間なく高めることになる。
   朝鮮経済開発協会は、最初の活動としてカナダとマレーシア、米国をはじめ諸国の経済専門家を招待して16日から特殊経済地帯の開発に関する平壌国際討論会を主催している。
   同協会は、電話00850―2―381―5912とファックス00850―2―381―5889、電子メールsgbed@star-co.net.kpで企業、団体と連携している。---

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金正恩朝鮮労働党委員長新年辞

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14970  転載です <参考資料>  朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、毎年1月3日頃に「新年の辞」の基本体系を理解するための要旨を掲載している。参考までに、その全文翻訳を添付する。 「今年の新年の辞の基本内容...

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