2010年10月28日木曜日

<北-中,'血盟'関係復元されるか>

中国がなぜ北朝鮮に接近し、一時使わなかった「血盟」という言葉を使っているのか。聯合ニュースの分析。

(北京=聯合ニュース)印キョジュン特派員=最近北朝鮮と中国高位要人間に互いに'血盟'という単語がしばしば出てくる。
中国人民義勇軍の朝鮮戦争参戦60周年を契機に北中血盟関係が集中的に議論されており表現がだいぶ濃厚だ。


郭伯雄中国共産党中央軍事委員会副主席が中国共産軍の朝鮮戦争参戦を記念するために北朝鮮を訪問したのも異例的だが,去る24日平壌の行事場所で"北中関係が血によって結ばれた"と強調して目を引いた。


最近共産党中央軍事委副主席に選出されて,事実上次期主席に上がった習近平中国国家副主席も去る25日北朝鮮との血盟関係の重要性を強調した点も通常でないと見られる。
習国家副主席は北京で開かれた'抗米援朝戦争参戦60周年'行事で"中国人民は終始中・朝両国人民と軍隊が流した血として結ばれた偉大な友情を忘れたことがなくて,朝鮮政府と人民の関心もまた忘れたことがない"という直説話法を使った。

金正日北朝鮮国防委員長も25日クォボシュンを団長にした中国高位軍事代表団に面会した席で"私たちは支援軍が血として私たちの正しい闘争を支援して毛岸英(毛沢東の長男)同志をはじめとする多くの支援軍(郡)将兵らが高貴な生命を捧げたことを絶対に忘れないこと"と話して,血盟関係を浮上させた。

北中両国の官営媒体の血盟言及はさらに露骨だ。

新華社通信は去る20日'中国と朝鮮(北朝鮮)の血によって結んだ友情が代々降りてきている'という題名で北中友情を強調する労働新聞の記事を掲載した。

当時労働新聞は"朝中両国民の民族と血脈は違うが,先代が血によって結んだ友情が以後世代につながってきておりさらに美しく繁盛している"としながら"両国間に国境は引かれているが両国友情には限界がない"と強調したしこの内容は加減なしで中国語で翻訳されてのせられた。

労働新聞は合わせて近来'鴨緑江二千里'を含んで,北中血盟と友情を強調する三編の漢詩を掲載したし,新華社通信など中国官営媒体らはこれをそのまま伝えた。

中国媒体らは合わせて26日前日平壌で開かれたハンミ援助戦争参戦60周年行事を大々的に報道することもした。

こういう雰囲気は去る1992年韓中修交以後中国の高位関係者たちが公開席上で北朝鮮との血盟関係をできれば言及しなくてきたこととは全く対照的だ。

北朝鮮は韓中修交に対して強い拒否感を見せたし,1994年7月金日成死亡を契機におよそ3年余り'苦難の行軍'を経ながらは中国牽制論まで表明したし,そのような過程で北中両国間に血盟表現は事実上失踪していた。

中国は対外的に北中関係は'正常な国家関係'と強調してきたしそのような公式的な言及は両国関係がこれ以上血盟でないという点を意図と解釈されたという点で最近両国の血盟強調は何か尋常でないという指摘だ。


一部では最近北中両国の頻繁な血盟言及が哨戒艦天安号事態以後中国が北朝鮮方に急速に傾く中で出てきて韓中修交以後中国が強調してきた韓国,北朝鮮'等距離外交'に大きい変化があるのではないかという指摘も出している。

注目する大きい課題は北中両国のこういうジェスチャーが金正恩公開席上登場以後露骨化しているという点だ。
習近平国家副主席が17次党中央委員会第5次全体会議(17期5中全会)で党中央軍事委副主席に選出されて,事実上胡錦濤国家主席の後継で確定したし金正恩やはり次期として公開歩み(動向)をする中で両国間に血盟が強調される点を凝視する必要があるという指摘だ。

クォボシュン中央軍事委副主席の北朝鮮訪問に先んじて,変人では人民武力部副部長を団長でする北朝鮮軍親善参加団が去る14日中国を訪問して,人民解放軍部隊を集中的に振り返るなど北中両国の血盟接近が軍を中心になされる点も目を引く。

北京の一消息筋は"哨戒艦天安号事態以後緊密にする北中関係を関心があるように見守らなければならない"としながら"しかしやや韓国-米国-日本の同盟強化という対応を招くようになって経済的現実から見る時,韓国の戦略的重要性をのがすこともできるという点で中国が公式に北中血盟復元カードを取り出すことは容易ではないこと"と指摘した。

kjihn@yna.co.kr

習近平の朝鮮戦争観 

中国の次期指導者 習近平の朝鮮戦争に関する発言が波紋を広げている。
正義の戦争だと語ったというのだ。原文でもそうある。中国の公式な立場は、どちらが攻めてきたかは関係ないというもので、これに変化がないことをあらためて示した。南北朝鮮と等距離でつきあうが、朝鮮戦争については北朝鮮を支持する立場である。

中国はどうやら、朝鮮戦争をてこに北朝鮮の歓心を買い、関係を深めようとしている。

中央日報

後継者の金正恩(キム・ジョンウン)が25日、平壌(ピョンヤン)体育館で開かれた中国軍の6・25参戦60周年記念群衆大会に出席した。10日の労働党創建65周年行事以来15日ぶりの公開活動となる。

群衆大会には金正日(キム・ジョンイル)国防委員長、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、李英浩(リ・ヨンホ)軍総参謀長らが出席した。中国側からも郭伯雄共産党中央軍事委副主席ら軍事代表団が出席した。報告者の金英春(キム・ヨンチュン)人民武力部長は「朝中親善は永久不変であり、代々引き継いで輝きを放つだろう」と明らかにした。

この日、北京では、習近平国家副主席が中国軍の6・25参戦について「偉大な抗米援朝戦争は平和を守り侵略に対抗した正しい戦争だった」と主張した。次期国家主席として有力視される習副主席は参戦老兵との座談会で、「中国の人民は終始、中朝両国の人民と軍隊が流した血で結ばれた偉大な友情を忘れたことがない」と明らかにした。

北朝鮮朝鮮中央テレビは最近、金正日の中国訪問記録映画(ドキュメンタリー)を連日放送している。特に金正日が後継者に確定してから3年後の1983年6月、初めて中国を単独訪問した当時の2時間の映画は目を引く。金正日は当時の最高指導者、トウ小平主席をはじめとする中国核心層全員に会った。

この映画が注目されるのは放送時点だ。胡錦濤国家主席が9日に訪朝した周永康政治局常務委員を通して、北朝鮮の新しい労働党指導部を招待した直後だったからだ。金正日の訪中当時と同じように、中国指導部が金正恩も歓待することを願うというメッセージが込められている、という声も出ている。

新華社報道,上午9時45分,胡錦濤等領導同志來到人民大會堂西大廳,同參加過抗美援朝的老同志和志願軍英模代表親切握手,向他們表示崇高敬意,並同他們合影留念。

  座談會上,習近平代表黨中央、國務院、中央軍委講話。他指出,偉大的抗美援朝戰爭,是保衛和平、反抗侵略的正義之戰,抗美援朝戰爭的偉大勝利,是中朝兩國人民和軍隊團結戰鬥的偉大勝利,是維護世界和平與人類進步事業的偉大勝利。

  習近平說,60年來,中國人民始終沒有忘記老一輩無產階級革命家和中國人民志願軍建立的不朽歷史功勳。此時此刻,我們要向毛澤東同志、周恩來同志、劉少奇同志、朱德同志、鄧小平同志、陳雲同志和彭德懷同質老一輩無產階級革命家,表示最深切的懷念!中國人民始終沒有忘記譜寫了氣壯山河的英雄讚歌、創造了人類戰爭史上以弱勝強的光輝典範的志願軍將士,以及所有為這場戰爭的勝利作出貢獻的人們,特別是始終沒有忘記那些用鮮血染紅盛開在朝鮮大地上的金達萊花的烈士們,他們的英名將永垂史冊。

  習近平表示,中國人民同樣始終沒有忘記中朝兩國人民和軍隊用鮮血凝成的偉大戰鬥友誼,沒有忘記朝鮮政府和人民關心、愛護並積極支援志願軍的動人情景;沒有忘記當年積極支援中國人民志願軍入朝作戰的原蘇聯政府和人民,以及世界上一切愛好和平的國家和人民、友好組織和友好人士。

  習近平說,愛好和平是中華民族的優秀傳統。60年前發生的那場戰爭,是帝國主義侵略者強加給中國人民的。在侵略者把戰火從朝鮮半島燒到中朝邊境、嚴重威脅新中國安全的危急關頭,應朝鮮黨和政府的請求,中共中央和毛澤東同志作出抗美援朝、保家衛國的歷史性決策。英雄的中國人民志願軍將士,高舉保衛和平、反抗侵略的正義旗幟,同朝鮮人民和軍隊一道,在交戰雙方武器裝備水準對比極為懸殊、極為艱難的條件下,贏得了抗美援朝戰爭的偉大勝利。志願軍將士在兩年零九個月的浴血奮戰中,發揚祖國和人民利益高於一切、為了祖國和民族的尊嚴而奮不顧身的愛國主義精神,英勇頑強、捨生忘死的革命英雄主義精神,不畏艱難困苦、始終保持高昂士氣的革命樂觀主義精神,為完成祖國和人民賦予的使命、慷慨奉獻自己一切的革命忠誠精神,以及為了人類和平與正義事業而奮鬥的國際主義精神。這種精神永遠是中國人民的寶貴財富。

2010年10月24日日曜日

正恩に不満高まる 北朝鮮 開かれた北韓放送

反北朝鮮の放送は、こういう住民の不満を伝えるが、これがどの程度強いのか分からない。
公にはならないのだろう。

北朝鮮,身近な人には金正恩に対する不満を遠慮なく話す
-金正日,金正恩政権に対して不満日常化
-当局は取り締まりを強化するが多くの人々が不満を表現して,実際に取り締まりを強くできない
- 2,3年前だけでもこのように不満強くない
-住民たちは世の中で一番‘首領福’がない民だと嘆く

10月13日北朝鮮,慈江道(チャガンド)消息筋は“住民たちの間で金正日,金正恩政権に対する不満が日々高まって,近い人々間で自身の不満を遠慮なく話している”と伝えた。
住民たちは夕方時間家でテレビを見る時や家族でも近い人々どうし食事でも酒を飲む時,自分らの不満をためらいなく話するという。

こういう現象らはあまりにも頻繁で,それに対する取り締まりや措置が以前と比較して強くないという。
2,3年前だけでも北朝鮮では近い人々混じるだろうといっても体制に対する不満を簡単に表出できなかった。
ところで貨幣改革失敗,続く経済難,そして20台青二才が後継者になりながら,住民たちの間に反体制性不満が日常化されたのだ。

もちろん北朝鮮当局が反金正恩不純分子を探すための1:1相談調査実施など住民たちに対する統制を強化することにもかかわらず,相変らず不満らが溢れでているということだ。
消息筋は今回の党代表者会で金正恩が公式登場する前には“改革開放を通して,自分らの人生が少し良くなるか”とする一抹の期待でもあったといった。

しかし金正恩の登場以後改革,開放は一言もなくて,軍隊優先政治,核開発の話だけであるから住民たちは金正恩時代にも今までの苦労を継続しなければならない話(言葉)かと絶望感が大きい”と話した。
また“一部住民たちは.今はその誰の話(言葉)も信じようとしない。
金正日時代にも死ねなくて生きてきたのに,再び何も知らない青二才息子にしばられて住まなければならないと考えれば私たちの人生が日が昇る日がないようだ”として不満を表出すると付け加えた。

消息筋は“住民たちが代を引き継いで,ずっと続く金氏一族の政権野心のために私たちの人生がほろびている”として“党創建記念日閲兵式などで登場しながら,後継者で名前を知らせた金正恩をよく知らずに確信がない状態と全く歓迎しない雰囲気”と話した。

また“金正日一族は自分らは‘人民服’があると歌っているけれど私たちは世の中で一番‘首領福’がない民だ。
食べ物も一つだけ食べればまずくて服も一つだけ着れば飽きるはずなのにまして長くて長い人生を、ある一族の政治の下で変わらない独裁政治を受けながら生きていこうとすれば億が詰まって生きている命が嘆かわしい”というなど金正恩後継に対する不満をおおっぴらに話すという。

最後に消息筋はこの頃、北朝鮮住民たちの間には“北朝鮮が広報するように‘新しい後継者登場にからだと心が喜悦にあふれること’でなく残った人生をどんな苦役の中で住むべきか‘崖っぷちに立っている心情’”という話が出ているね“住民たちの願いは新しい政治の下で新しい人生を生きてみたいということ”と付け加えた。

2010年10月23日土曜日

北金正恩の'人々'>⑩リ・ヨンス党部長 聯合

聯合ニュースのこの連載は、なかなか深みがある。日本では知られていない人も多いが、順番に訳していこうと思う。
李ヨンスは張成沢の右腕だそうだ。

(ソウル=聯合ニュース)張ヨンフン記者= 9.28党代表者会で14人の党部長団に名前をあげたリ・ヨンス(勤労団体部長推定)は現在北朝鮮権力側の'最高実力者'に選ばれる張成沢(国防委員会副委員長兼党行政府長)の隠された'右腕'と知られている。

今年64才(1946年生まれ)で張成沢と同い年のリ・ヨンスは70~80台が主流の党幹部陣で若い世代に属するが党と軍はもちろん勤労団体まであまねく経て,経験が豊富だという評価だ。

出生地と学歴,成長過程などに対しては知らされた事実が殆どないのに30才の時の1976年労働党の核心郊外周辺組織社労青(社会主義労働庁年同盟)の副委員長で起用されながら注目され始めた。
社労青は青年層500万人を率いて思想と集団生活を指導しながら,労力動員を率いる巨大組織だ。
2年後の1978年リ・ヨンスはわずか32才の年齢で社労青の首長席に上がって1986年崔龍海(党秘書)に委員長職を譲り渡す時まで8年間在任した。

それでリ・ヨンスは崔龍海(1986~1998年社労青委員長再任(在任)),ムン・ギョンドク(平壌市(ピョンヤンシ)党責任秘書.1991年社労青副委員長任命)と合せて(一緒に)張成沢師団の'社労青3人衆'に通じる。
社労青を離れたリ・ヨンスはその翌年の1987年'党副部長'で栄転したがある部署なのかは確認されないでいる。
そうするうちに1996年人民武力部副部長(外事担当推定)に移したリ・ヨンスは同じ年11月平壌で開かれたキューバ革命記念軍人集会で演説をするなど軍部内でも歩幅を広めていった。

上手く行ったリ・ヨンスは2004年'ボス'張成沢が'分派行為'に追い込まれて,粛清される時,共に地方で追い出すことだが,2006年初めはるかに重要な地位に選ばれる党行政府副部長に復帰する。

リ・ヨンスが党勤労団体部長で初めて確認されたことは去る8月も任命された時点は何ヶ月前であるものと推定される。
朝鮮中央通信が8月22日江原道で開かれた農業勤労者集い便りを伝えながら,行事に参加したリ・ヨンスを'党中央委員会部長'で呼称したのに,この行事を勤労団体の'朝鮮農業勤労者同盟'が主催したし,金重利は前勤労団体部長が4月28日心筋梗塞で死亡した以後後任者が外部に知らされない状態であった。

リ・ヨンスと張成沢の縁は1980年代初めまでさかのぼる。

張成沢は1982年党青少年事業部副部長に任命された後,第1部部長を経て,部長まで何と13年間をこの部署で送ったのに,当時リ・ヨンスは社労青委員長(1978~1986年在任しながら張成沢の指揮を受けて,青年層管理事業を献身的に補助したという。

1996年リ・ヨンスを党から抜いて,人民武力部に移したのも,1995年から党組織指導部第1部部長を引き受けた張成沢だと伝えられた。

高位層出身北脱出者は"軍出身でないリ・ヨンスだが,当時張成沢のパワーならば人民武力部副部長に送ることも難しくなかったこと"としながら"自身の軍部内位置づけが弱いのを意識して,リ・ヨンスを人民武力部に植えたようだ"と話した。

リ・ヨンスは2004年地方に押し出されて復帰する時,張成沢より1年先に党行政府に入って,整地作業をすることもした。
当時公務停止と一緒に自宅軟禁に処された張成沢は2005年末党勤労団体および首都建設部の第1部部長に復帰した後,2007年に核心部署の党行政府長に移すのに,2006年初めリ・ヨンスを行政府副部長にあらかじめ送ったのだ。

このように張成沢の'腹心'のリ・ヨンスはまかせた党勤労団体部を最大限稼動して,金正恩後継構図を固めるのに先に立つと予想される。

北朝鮮には500万人規模の青年同盟(社労青の後身)他に朝鮮職業総同盟(160万人),朝鮮農業勤労者同盟(130万人),朝鮮民主女性同盟(20万人)等の勤労団体らがあるのに,彼ら団体を組織的に管理しながら,金正恩後継の正当性を宣伝(善戦)して反発気流を遮断することが非常に重要視される状況だ。

労働党規約は'勤労団体'に対して党と大衆を連結する媒介体で,大衆の思想教育を担当する組織と規定しているのに,党員が勤労団体に加入する場合はめずらしい。

結局盲目的忠誠心を期待しにくい一般青年層を統制下は役割がリ・ヨンスに落ちたわけだ。

北朝鮮専門家は"非党員の若年層に対する教育と統制を担当する部署が直ちに党勤労団体部"としながら"社労青出身のリ・ヨンスと崔龍海は青年層に金正恩に対する忠誠心を注入するのに先に立つこと"と話した。

2010年10月21日木曜日

張成沢 正恩を囲む人間たち9 聯合ニュース

金正日総書記の義理の弟、張成沢は北朝鮮の中にしっかり人脈を張っているという分析。


金正恩の'後見の'で呼ばれる'金正日ロイヤルファミリー'一員

人脈厚くて体制維持・開放両面経験強力な点
(ソウル=聯合ニュース)ペク・ナリ記者=金正恩後継構図を支えている人物らの中で求心点になるほどの'最高実力者'を選べといえば多くの専門家たちが躊躇しないで張成沢(国防委副委員長兼党行政部長)を指定する。
9.28党代表者会で予想と別に政治局候補委員と中央軍事委員の肩書きを追加するのに終わったが金正恩の'後見の'に通じる張成沢の威勢は少しも弱くならなかったということが大半の意見だ。
張成沢のこういう'パワー'は何より金正日国防委員長の一つだけである妹金慶喜(党政治局委員兼軽工業部長)の夫だというところで出てくる。

金委員長には弟のような妹婿で,後継者金正恩には叔母の夫になるのでそれ自体で強大な力付けられることだ。
張成沢は革命遺児教育機関の万景台革命学院を出たが他のそうそうたる'革命2世'らに比較すれば平凡な家出身だ。
1946年1月咸鏡北道,清津で生まれた張成沢の父親は日帝時反日運動をしたが金日成主席の抗日パルチザンとは関係がないと知らされた。

その上に日帝に対抗した父親の経歴に力づけられて,やっと万景台革命学院を出た張成沢は1960年代後半、金日成総合大学政治経済学部に進学しながら派手な'人生逆転'を味わう。

同じ学部に通った金慶喜と恋人の間になったのだ。
だが二人が結婚にゴールインするまでは迂余曲折が多かったことが分かっている。
金正日委員長の妻の甥の故イ・ハニョン氏が北脱出して,書いた本には張成沢が'話がおもしろく上手にしてアコーディオンを非常にうまく演奏する魅力的な男'で描写されている。

この本によれば金日成主席は二人の結婚を防ぐために張成沢を江原道元山の農科大学で追い出したが、金慶喜の意思を変えることができなくて結局張成沢を婿にする。

その後の張成沢は常勝疾走して,1988年末党青年事業部長に起用される。1995年には最高要職の党組織指導部第1部部長になる。

この時から9年近い期間が張成沢の最初'黄金期'であったようだ。
党・君・正義高位級要人を総括する席に座って,現在'張成沢ライン'に属している側近らを管理し始めたのも直ちにこの時期と推定される。

しかし眼に触れる人脈管理が最高権力者の目に触ったのか,上手く行った張成沢に2004年初め試練の'逆風'がまき起こった。
'権力欲による分派行為'という罪名を使って一瞬にすべての職務を停止されたのだ。
この当時彼に従った側近らも大部分地方に追われて,肉体労働をする身分になった。
だが'ロイヤルファミリー'の一員の張成沢はその翌年の2005年末党勤労団体および首都建設部の第1部部長によみがえったし2007年末には公安と司法を総括する党行政府長に起用されて,また権力の核心に復帰した。
その過程で義理兄弟の金正日委員長の息が作用したことはもちろんだ。

本来金正恩後継が公式化された9.28党代表者会直前には張成沢が党の'一人地下'最高位職の政治局常務委員に上がるという観測が生い茂った。

だが観測ははずれて常務委員席は軍部のリ・ヨンホ(軍総参謀長).チョ・ミョンロク(軍総政治局長)と非軍部の金英南(最高人民会議常任委員長).崔永林(内閣総理) 4人にが選ばれた。

それにもかかわらず,党代表者会を通して,張成沢の'行動半径'はさらに広くなったという分析が有力に提起される。
大多数が元老級の政治局委員らと別に,実質的権限を持ってことを引張って行く政治局候補委員陣には崔龍海・太宗数・金評して・博徒チューは・ムン・ギョンドク(以上党秘書兼任),金ジョンガク(軍総政治局第1部局長),ウドン側(国家安全保衛部第1部部長),薄情順(組織指導部第1部部長)等張成沢を中心に動くほどの人物らが多く入ってきているということだ。
この他にも党と軍の主要町角には'張成沢ライン'に分類される側近と有力要人らが数人布陣している。

金正恩後継体制の'実力者'に浮び上がった崔龍海党秘書は張成沢が党青年事業部部長をする時,党の核心郊外周辺組織人社労青(社会主義労働庁年同盟)の委員長を引き受けていた人物で代表的な'張成沢ライン'に選ばれる。
リ・ヨンホ総参謀長が急浮上する直前まで軍部の看板だった金英春人民武力部長も張成沢と近い人物と知られている。

金英春は1995年当時組織指導部第1部部長だった張成沢の指揮の下6軍団のクーデター陰謀を鎮圧した。
9.28党代表者会'最高スター'のリ・ヨンホ君総参謀長(党政治局常務委員兼職)も広い意味の張成沢派閥に分類される。
だが張成沢にも決定的な限界があるので直ちに'もろ刃の刃物'と同じ,同年齢妻金慶喜の存在だ。

北朝鮮専門家は"強大な権力を握っている張成沢だが,金慶喜がなければ張成沢の力も消えると見なければならない"としながら"後継構築過程で彼ら夫婦の協力と牽制がどのように教職成っていくかも関心事"と指摘した。

市.道の党責任秘書12人,史上最初に団体訪中 RFA

中朝間の交流が活発化している。これが何を意味するのか。
朝鮮日報も大きく奉じているので、申し訳ないが転載しておく。


専門家"中国省単位経済開発,関心があるように"

(ソウル=聯合ニュース)ペク・ナリ記者=最近北朝鮮と中国の交流が明確に増えて,今まさに金正恩後継を公式化した北朝鮮が中国式'開放経済'モデルをベンチマークするのではないかという観測が出てきている。
特に直轄市2ケ所(平壌.南浦),特別市1ヶ所(羅鮮市)に9ケ ドまで皆12ケ市.道の党責任秘書らが史上最初に団体で中国を訪問したのを置いて,中央統制式計画経済を堅持してきた北朝鮮が一定部門地方に自立権を委譲する形態の経済改革を検討するようだという分析も提起される。

9.28党代表者会直前にはひょっとして改革開放のシグナルで見るほどの人選結果や政策転換が出てこないだろうか期待する雰囲気もあったが,結局金正恩後継に焦点を合わせた党高位職改編と機構再整備だけなされた。
特に人選結果だけ見れば北朝鮮の現体制を維持する線で後継者金正恩を補佐する人物らで満たされただけ改革開放の兆候は全くなかったということが大多数専門家たちの診断だ。

しかし今月に入り,北朝鮮が見せた歩みは色々な側面で尋常でないという指摘だ。
何より市・道の党責任秘書12人が一度に中国を訪問した大きい課題が眼に触れる。
去る8月中国を訪問した金正日委員長に胡錦濤中国国家主席が対外協力に基づいた経済開発推進を何時の間にか勧告するのに伴った'後続措置'起きる可能性がまず占われる。
彼ら市・道の党責任秘書が中国の地方を回りながら,経済発展上を目で確認して帰れば,中国の'東北3省'と北朝鮮の中国接境地域間にある種の画期的な経済協力方案が摸索されるという観測が有力だ。
そのような脈絡で北朝鮮側訪問団団長のムン・ギョンドク平壌市党責任秘書での発言は注目するに値する。
ムン・ギョンドクは去る19日周永康中国共産党政治局常務委員兼中央政法委員会書記に会った席で"朝鮮のすべての道と市の責任秘書らが金正日総書記の指示により中国を訪問したし,中国人民が発展でおさめた成果を直接目撃した"と話したことで中国媒体が伝えた。

これに対して周常務委員は北朝鮮代表団が中国各地域の関係者らと交流を拡大しながら成果を上げるために努力することを祈るとうなずく返事をして,両国の特定地方間経済協力が活性化することだと示唆した。
今月9日北朝鮮の党創建65周年に合わせて北朝鮮を訪問した中国側使節団に吉林省の孫政才書記と,遼寧省と黒龍江省の副書記が含まれていたことも似た脈絡で分かる。

これらのための歓迎宴会には中国接境地域の徒党責任秘書の駐英式(慈江道,平安北道、咸鏡北道、両江道 4人が皆参加して,未来の中国側経済協力パートナーらと互いに親しませるような雰囲気を演出した。
北朝鮮では通常2ケ直轄市に9ケ度を増して,11ケ行政区域の党責任秘書らが地方幹部を代表するのに,今回の訪中代表団には北中交易の拠点に選ばれる羅先特別市のリムギョンマン責任秘書が合流して目を引いた。

ヤンムジン北朝鮮大学院大学教授は"今まで中央計画経済中心であった北朝鮮が今から地方に経済協力の自律性を与えながら,それなりの経済改革を試みるというメッセージで読まれる"としながら"市.道党責任費での団体訪中は省単位で改革開放をした中国の助けを受けて,地方中心の改革開放に出るという信号弾であるようだ"と話した。

北朝鮮の市長や道知事全員が異例の訪中(上)
経済協力に関する議論のため、中国の東北3省責任秘書も北朝鮮を訪問
金正恩
 今月19日、北朝鮮の直轄市・道の党責任秘書(市長・道知事に相当)11人全員が、中国共産党の幹部らと北京で面会した。これは、過去に見られなかったことで、非常に異例だ。この会合で文京徳(ムン・ギョンドク)平壌市党責任秘書を団長とする朝鮮労働党親善代表団は、中国共産党序列9位の周永康・政治局常務委員と会い、経済協力などについて意見を交わしたという。

 北朝鮮が直轄市・道の党責任秘書たちを団体で中国に送るという今回のようなケースは、過去には一度も見られなかった。周常務委員も、「(北)朝鮮の各道や市の責任秘書が団体で中国を訪問したのは、中国と朝鮮との関係で初めてのことだ。皆さんがこれから訪問する中国各地の関係者と交流を深め、成果を得ることを期待したい」と述べたという。これは、中国国営の新華社通信が報じた。

 北朝鮮から派遣された代表団は、中国各省や市の秘書(省知事・市長に相当)とも面会した。これは、北朝鮮への投資や開発などの問題について話し合うためだと言われている。中国各地の責任者らは、最近中国で開催された第17回共産党中央委員会の第5次全体会議(17期5中全会)に出席するため、北京に集まっていた。韓国政府の当局者は、「要するに韓国で言えば、特別市や広域市の市長、そして道知事16人全員が団体でワシントンに行き、米民主党の実力者や州知事などと、双方の交流・協力について話し合ったようなものだ」「金正恩(キム・ジョンウン)氏の公式デビューにより、中朝両国の人材交流は、質と量の両面で、過去とは次元が変わっていることを示している」と述べた。

 中国共産党の使節団も9日、朝鮮労働党創設65周年を祝うために北朝鮮を訪問したが、その顔触れも異例のものだった。孫政才・吉林省書記、陳希・遼寧省副書記、杜宇新・黒竜江省副書記といった東北3省の責任者たちが使節団に含まれていたのだ。平壌の順安空港で一行を出迎えたのは、中国と国境を接する慈江道のチュ・ヨンシク党責任秘書だった。この日行われた歓迎夕食会には、チュ・ヨンシク氏をはじめ、リ・マンゴン(平安北道)、オ・スヨン(咸鏡北道)、キム・ヒテク(両江道)各氏の、中国と国境を接する4道の責任秘書が全員出席していた。

北朝鮮の市長や道知事全員が異例の訪中(下)
経済協力に関する議論のため、中国の東北3省責任秘書も北朝鮮を訪問
 統一部(省庁に相当)の当局者は、「最近は中朝国境地帯を中心に、さまざまな開発プロジェクトが本格的に行われている。両国の経済協力がさらに深まり、発展する状況は次々と明らかになっている」「朝鮮労働党と中国共産党は、党中央次元での合意はすでに済ませたようで、次は地方の党次元で具体的な協力に乗り出すのだろう」と述べた。

 中朝の軍事協力も目につく。とりわけ25日は、中国人民解放軍による6・25戦争(朝鮮戦争)参戦60周年となるため、これまでとは異なる大きな意味づけを行っているような雰囲気だ。

 朝鮮中央放送は19日、「中共軍による6・25(朝鮮戦争)参戦60周年をきっかけに、中国人民解放軍の王海・元空軍司令官を団長とする、中国人民支援軍の老兵(元参戦兵)代表団と、中国軍の文芸支援団が平壌に到着した」と報じた。北朝鮮では一行を歓迎するため、呉克烈(オ・グクリョル)国防副委員長と朴在慶(パク・ジェギョン)人民武力部副部長が宴会の席を設けた。金正恩氏による権力世襲は軍を掌握できるかがカギになるため、中国軍が朝鮮人民軍の新たな首脳部と関係を強化することは、金正恩氏を後押しするという意味合いにも解釈できる。

 14日には人民武力部のピョン・インソン副部長を団長とする朝鮮人民軍親善団が中国を訪問し、中国人民解放軍の部隊などを視察した。新華社通信は同日付の労働新聞を引用し、「先代が血で結んだ友好は次の世代へと続いている」「25日は中国人民支援軍が韓国戦争に参戦して60周年を迎える」などと報じた。韓国政府の安全保障関連部処(省庁)の関係者は、「北朝鮮は、経済面では中国に頼って国際的な孤立から抜け出そうとしている。またその一方で、軍事的にも中国と関係を深め、韓国の哨戒艦『天安』を沈没させたことで強化されている韓米軍事同盟に対応しようとしているようだ」とコメントした。

米国の北朝鮮専門家 ニコラス・エバスタットに聞く RFA

この人は経済学者というよりも哲学者に近い。北朝鮮の新体制についても、大きな変化があるか慎重な立場。今大きな改革開放を行ったら、体制が危ういと指摘している。

[私が見る北朝鮮-40](Nicholas Eberstadt)米国企業研究所(AEI)専任研究員"北朝鮮問題の究極的解決策は平和的統一"

ワシントン-ビョン・チャンソプpyonc@rfa.org
2010-10-20

米国企業研究所(AEI)のニコラス・エバスタット(Nicholas Eberstadt)専任研究員.

主幹企画<私が見る北朝鮮>
今日は米国の代表的な保守研究機関の米国企業研究所(AEI)のニコラス・エバスタット(Nicholas Eberstadt)専任研究員が見る北朝鮮の問題点と代案に関し聞いてみます。

エバスタット専任研究員は米国では北朝鮮問題に関し誰より深くそして永らく研究してきた専門家に選ばれます。
ハーバード大学で政治経済学で博士学位を取得した人口学者にも名高いエバスタット専任研究員は1992年北朝鮮に関する初めての著書で<北朝鮮の人口(The Population of North Korea)>を始め1995年には韓国,北朝鮮の統一を展望した<統一に行く韓国(Korea Approaches Unification)>,そして1999年には<北朝鮮の終末(The End of North Korea)>という本で大きい話題を集めたりもしました。

彼は2002年には国際社会の中で統一韓国の政治的地位を扱った<韓国の未来と列強(Korea's Future and the Great Powers)>,2006年には北朝鮮経済を本格的に解剖した<北朝鮮の経済(North Korean Economy)>,今年2月には<冷戦期分断韓国の政策と経済実績(Policy and Economic Performance in Divided Korea During the Cold War:1945-1991)>を相次いで出しました。

彼はまたこのように北朝鮮専門書籍だけでなく<ニューヨークタイムズ><ウォールストリート ジャーナル>のような有数な報道機関と権威ある学術誌にも北朝鮮問題に関し幅広い寄稿活動をしています。

このように永い歳月北朝鮮と北朝鮮体制全般(前半)を研究してきたエバスタット専任研究員は北朝鮮という国を正常な国からしばらく離脱した‘修正主義’(revisionist)国家と規定します。

また北朝鮮がこういう修正主義国家で残っている一北朝鮮が抱いている根本問題らも解ける見込みがないというのが彼の分析です。

Dr.Nocholas Eberstadt:(North Korea is fundamentally a revisionist state in the modern world system.
It has fundamental problems with workings of international economy...)

“北朝鮮は根本的に現代世界体制の中で修正主義国家だ。
北朝鮮は国際経済の作動原理と根本的に合わないばかりか北朝鮮指導部は国際経済との統合が北朝鮮政府と正統性を害すると把握する。
北朝鮮はまた韓国という国の存在自体に対しても根本的な問題があると考える。
なぜなら北朝鮮は金日成街がたてた独自の社会主義政府の下朝鮮半島全体人民が自国民だと主張するためだ。
北朝鮮はまた韓米同盟だけでなく日米同盟など米国がアジアに構築しておいた安保体制に対しても根本的な問題が見る。
米国がこういう安保体制を通して,アジアに民主化と豊かな経済成長を持ってきたというのにだ."

エバスタット専任研究員は北朝鮮がこのように通常の国家とはあまりにもかけ離れており、北朝鮮を相手に問題を解いていくこともそれだけやさしくもないと話します。

その上北朝鮮指導部は相手国と交渉と妥協を通してやりとりする‘ウィン・ウィン(win-win)方式’でなく相手に勝ってこそ気がすむ‘ウィン-ルーズ(win-lose)方式’を好まれるということです。

また北朝鮮指導部はこういう‘ウィン-ルーズ方式’を取ってこそ自分らに有利な方法で問題を解くことができると確信するというものです。

北朝鮮が最近党代表自晦を通して,金正日国防委員長の3男丁銀を事実上後継者で内定したのに果たして新しい指導部がこういう修正主義的形態で脱皮して,新しい路線を追求することができますか?エバスタット専任研究員は北朝鮮に金正恩を頂点にした新しい指導部が登場する時,最も注意深く見る点は何より北朝鮮が処した‘恒久的な危機状況’をどれくらいよく克服することができるかという点だと話します。

Dr.Eberstadt:(You could say North Korea was always at a crossroads because North Korea is in a permanent situation of crisis...)

“北朝鮮はいつも選択の岐路に立ってきたと見られるのにそれは北朝鮮が恒久的な危機状況に置かれているためだ。
北朝鮮の政権と経済が作動する方式は本質的に危機船上で作動する体制だ。
すなわち危機がちょっと小さいように見えればそのように北朝鮮という体制が回っていくが危機が大きくなれば正しく回っていかない。

このような時外部観察者らが見守る問題は、金正日の後継者指定や発表が果たして北朝鮮体制が内包したこういう危機を減らしてくれるのかでなければむしろさらに拡大するのかどうかだ。

後継者指定はこういう危機を減らすための意図があることは明らかだ。
したがってこれから金正日の3男金正恩が追求する意思決定過程と指導部の性格,また彼が追求する路線をよく観察しなければならない。

家族と国家,そして両側の正統性が一ケ所混ざり合っている北朝鮮と同じ国では金正恩が将来正しく権威を行使できるかという問題は北朝鮮体制がこれから正しく回っていくことかを判断できる重大な問題だ."

金正恩の叔母の夫の張成沢が国防委員会副委員長というとても重要な職責を与えられて,彼が金正恩の後見の役割をしながら,新しい指導部の核心主役で立ち向かう‘摂政体制’が入るだろうという主張に対してもエバスタット選任研究員は慎重です。

韓国歴史に‘摂政体制’が内包した否定的意味を考慮する時,果たしてこういう体制が現実化されるのかどうかは見守る必要があるということです。

万一北朝鮮に‘金正恩-張成沢’が率いる摂政体制が入る場合果たして現在の金正日政権路線とは違った路線を取れましょうか?エバスタット専任研究員はこのような質問に多少慎重ながらも,過去旧ソ連の例をあげて可能性は明らかに存在すると見ます。

Dr Eberstadt:(New course or fundamentally new course,that's for Western diplomay to test.
Now is the time for the United States,ROK,Japan and other allied...)
”北朝鮮の新しい指導部が果たして新しい路線を取るのかまたは完全に新しい路線を取るかは西側外交官たちが試験してみる必要がある。

今は米国と韓国,日本などが現在浮上中である新しい指導部の重大発表によってひょっとしてどんな新しい可能性があるのか探索してみる時だ。

過去旧ソ連式の経済体制を持った国では指導部が変わったり転換中にある時,たびたび政策路線や方向,態度で相当な変化が後に従うのを目撃したことがある。

果たして北朝鮮の新しい指導部が他の人々が認められるほどの国内外的変化が必要で,またそのような変化を試みても良いと感じられるかどうかに対して米国はもちろん韓国と日本も探索してみなければならない。
単に外交的対話だけでなく経済政策や圧力,あるいは防御的安保措置等を通してもそのような変化気流を探索してみなければならない."

北朝鮮に新しい指導部がたとえ入るとしても一般北朝鮮住民の立場では今より生活がさらに向上して裕福になるのが主な関心事だが,エバスタット選任研究員は果たして北朝鮮の新しい指導部が果敢な経済改革を通して,住民の福祉を向上させられるか懐疑的です。

Dr.Eberstadt:(North Korean economy is still caught in a trap.
It's still desperately dependent upon transfers of resources from abroad...)
”北朝鮮経済は今でも罠に関わっている。

北朝鮮は相変らず外部世界の資源に切実に,依存しているのではなはだしきは自国の飢謹と災難的な食糧難の再発を防ぐのにもこういう助けを必要としている。

私たちは北朝鮮指導部が今のように食糧飢謹でも防ぐのに汲々とした無人島のような経済状況から抜け出して,持続的で肯定的な経済成長率を成し遂げるというどんな暗示や経済戦略を見ることができなかった。

北朝鮮の公式媒体はもちろんで政府発表どこにも話だ。

それでひょっとして‘改革’という単語自体が今のあるいは今後核心政策決定者らの間に禁句になったことではないか気にならざるをえない."

エバスタット選任研究員は北朝鮮指導部は国際貿易や北朝鮮内部の生産性あるいは生活水準の向上に必要な条件が用意されない状態で開放や改革を推進する場合政権の安全と危機に危険を持ってくると見ていると話します。
エバスタット博士は外部世界に対する北朝鮮の不満を解消できる現実的な解答はなくて,したがって外部世界は北朝鮮の戦略目標に順応するかでなければ抵抗して‘他の形態の北朝鮮’を企てるかという両者選択をしなければならないと話します。
それと共に彼は北朝鮮問題の最終的な解決策で南北統一を選びます。

Dr.Eberstadt:(In the final analysis,despite North Korea's problematic economic performance,we can argue that DPRK's menace to Northeast Asia...)

”最終分析をしてみれば北朝鮮の決定権者などが問題がある経済実績にもかかわらず,既存の目標をずっと追求できる限り東北アジアと外部世界に対する北朝鮮の威嚇は増加するほかはない。

そのために前こういう考えざるをえない。

すなわち長期的に見る時,米国との同盟関係の中で市場主義原則と開放的民主主義が生きている平和的な南北統一に転換するための準備に焦点を合わせなければならないという点だ。

もちろんこういう私考えに異議を提起する人もいるだろうが話だ."

換言すれば強力な韓米安保同盟の中に南北統一を成功的に成し遂げるのが北朝鮮に対するそのどんな代案も提供することができない恩恵を持ってくるというのがエバスタット選任研究員の診断です。

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