先日、フランシスコ教皇が訪日した。演説を聴いていてふと、2014年に韓国を訪問していたことを思い出した。
韓国は、教皇にとってアジアで最初の訪問国だった。信者が増えているので、重視したらしい。
韓国と日本では、演説内容も違っただろう。信者を感動させ、新しい信者を増やすため、訪問国の社会を研究し、最も効果的な内容を考えたはずだ。
そこで、14年8月15日に、韓国の大田のワールドカップ競技場で行った演説を読んでみると、こんな表現がある。
「正しい精神的価値と文化を押さえ付ける物質主義の誘惑に対抗して,そして利己主義と分裂を起こす無限競争の思潮に相対して戦うように祈ります。
新しい形態の貧困を作り出して労働者らを疎外させる非人間的な経済モデルを拒否するように祈ります。男性と女性と子供の尊厳性を冒とくする死の文化を排斥するように祈ります」
一方、日本の東京ドームでは
「社会的に孤立している人が決して少なくなく、いのちの意味が分からず、自分の存在の意味を見いだせず、社会からはみ出していると感じている。家庭、学校、共同体は、一人ひとりが支えを見いだし、また、他者を支える場であるべきなのに、利益と効率を追求する過剰な競争意識によって、ますます傷ついている。多くの人が、当惑し不安を感じている。過剰な要求や、平和と安定を奪う数々の不安によって打ちのめされている」
と語ったと報道されている。
似ているようで、少し違う。韓国と日本の世相を、敏感に把握している気がする。
バチカンの情報力、分析力なのか。
0 件のコメント:
コメントを投稿